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特集「銀幕のアーティスト」

2015年12月28日

特集「銀幕のアーティスト5」⑤
ミッドナイト・イン・パリ(2012年 ファンタジー映画)

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監督 ウッディ・アレン

出演  オーウェン・ウィルソン、マリオン・コティヤール、トム・ヒルドストン、キャシー・ベイツ

シネマ365日 No.1613

パリの販促ビデオ 

特集「銀幕のアーティスト5」

この映画、パリのプロモーション・ビデオですか(笑)。ハリウッドで成功したにもかかわらず、脚本家ギル(オーウェン・ウィルソン)は婚約者のイネスと現在パリに滞在中。パリに住みたい、この街なら小説が書き上げられそうな気がする(ギルは処女小説に悪戦苦闘中)というわけ。居は気を移す、とはいうものの書けないことを街のせいにするか。ギルはパリへの思い入れが高じて、とうとう彼が最高の時代だとする1920年代のパリに迷い込む。この妄想が映画の中心なのだけど、「パリは雨の日が最高だ」とか、二言目にはパリ礼賛をギルがいうので鬱陶しくなる。住めば都という人生の現実を知らんのか…といってしまえばこの映画はおしまいだから、最後までウッディ・アレンの詐術につきあうしかない。もっといい時代があった、あの時代は最高だった、タイムスリップしてその時代に行こう、という恋人アドリアナ(マリオン・コティヤール)に「現在って不満なものなのだ、それが人生だから。どの時代にいってももっといいときがあったと思うのだ」その結論をギルにいわせるだけで、94分の映画をみせるのである。ほんとにお遊びの天才ね(笑)▼さて真夜中の零時を告げる鐘の音とともに、古いプジョーがギルを迎えにくる。ミッドナイト・イン・パリの第一夜だ。古めかしい社交クラブのパーティで、ギルが出会ったのはスコット・フィッツジェラルド(トム・ヒルドストン)と妻ゼルダ、主催者はジャン・コクトー。ピアノを弾くのはポール・コーターだ。自分の小説を批評してくれとギルが頼むと、ヘミングウェイは答える。「何を書いてもいい、簡潔で窮地における勇気と気品を肯定する限り。下手な文章は不快だ。上手な文章は嫉妬で不快になる。作家の意見など聞くな。堂々と「我こそは一番だ」と胸を晴れ」そういって「おれが唯一信頼する作家」ガートルード・スタイン(キャシー・ベイツ)の家に連れて行く▼第二夜。ギルはパブロ・ピカソと愛人アドリアナに会う。ピカソの描いたアドリアナの肖像を、スタインは「彼女の美しさは繊細な秘めた官能美よ。でもあなたの絵にあるのは、性欲を爆発させた娼婦。これはパブロの小市民的な彼女への理解だわ」とコテンパン。アドリアナはモジリアニやブラックとも浮名を流していたファム・ファタールである。ヘミングウェイは再々登場するが、ライオンやサイを撃ったハンティングの話ばかりで辟易する。それにしても、夜になるたびギルが出会うアーティストたちの絢爛豪華なこと。忘れていたが、本作のオープニングは、まさにパリ観光案内だ。美しいパリを代表する街角の風情、モンマルトルの坂道、雨の降った町並み、オペラ座、赤い風車、佐伯祐三の絵のようなカフェ、チラシをいっぱい張った広告塔などが映しだされる。そこを改めてギルが訪れるわけね。いや〜「赤い風車」ではカンカンを踊る踊り子たちをクロッキーするロートレック、ダリ(エイドリアン・ブロンディ)が声をかけ、ルイス・ブニュエルがおり、T・Sエリオットがいた。ゴーギャンとドガの会話はこうだった。「なんてくだらない時代だ。やはり最高はルネサンスだ。ここにはミケランジェロがいない。いかに今の時代が空虚で想像力にかけているか」▼ギルとアドリアナはお互いにぐんぐん惹かれあっていくが、ギルに婚約者がいることを知ったアドリアナは、パリが最高だった1890年代のゴールデンエイジに残ろうという、そこでギルがいうのが前述のセリフ。「現在とはどの時代にいても不満なのだ。それが人生なのだから」。彼は現代に戻り、価値観のちがうイネスとわかれ、パリで暮らすことに。レア・セドゥが雨のパリがいい、というパリジェンヌで現れ、意見一致したギルと歩いていく、ふたりの後ろ姿でエンド。ニューヨーク、とくにマンハッタンを根城にしていたアレンが、最近はローマだ、バルセロナだ、パリだ、ベルリンだ、コートダジュールだと、観光案内みたいな映画が多い。駄作とはいわないけど、やっぱり「ブルージャスミン」や「ジゴロ・イン・ニューヨーク」とは、映画の香りがちがうわよ。いい加減にしたら?

 

 

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