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2011年10月11日

奈良から発信「ピープルズイン花小路 」

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ピープルズイン花小路
上田トクエ専務

創業32年、輝く女性リーダとして今なお走り続ける

 近鉄奈良駅から1分、さくら小西通りに面する「ピープルズイン花小路」は今年で32年目を迎える。創業以来、女性目線を生かし、常にトップリーダーとして活躍してこられた上田トクエ専務。スラリと伸びた背筋に似合う、ワンピースの裾を揺らし出迎えてくれた。

 トクエさんは奈良県橿原市の出身、23歳で江戸時代から続く蚊帳を商う上田家に嫁いだ。当時は現在ホテルが建つ東西70メートルの敷地に屋敷があり、その長い廊下を毎朝5時から顔が映るくらい磨くのが嫁の仕事だったという。
 33歳の時、駅前の立地を活かした商売をと、1・2階はブティックやレストラン、3階から上はホテルを開業することに。コンセプトは当時台頭してきた「キャリアガール」が安心して泊まれるホテル。周辺には老舗の奈良ホテルか、旅館ばかりだった時代に、若い女性向けの低料金でスマートな機能性を備えた「花小路」をオープン。ここからトクエさんの仕事人生も始まった。
 婦人服の仕入れでイタリアに買い付けに行ったり、オーダーメイドのウエディングドレスやオートクチュールを手掛けるなど新事業に果敢に挑戦。時代に合わせて常にいいものを、新しいものをと「走りながら」考え、ファッションリーダーとして奈良の街を彩ってきた。

 上田さんは現在、国際ゾンタ26地区(日本)のガバナー(代表)を務めている。「ゾンタ」は、「女性の地位向上」、「地域貢献」などをモットーに1919年にアメリカで創設された世界的団体。人生が変わったというほどのキャリアアップの転機は、「ゾンタ」にあったと振り返る。
 自社では創業者としていつも前を向いて社員を引っ張ってきた。自分の意見が反対されることなどなかったが、ゾンタでは自由に意見が飛び交い、「自分の意見も反対される」新鮮な環境で成長できたと思う。同時に、リーダーの自分が留守にすることが増え、その間にスタッフ達が社員として立派に育ったいう嬉しい面も。

 今年は日本ゾンタ誕生50周年記念。節目の年のガバナーとして地元の方にも喜んでもらえる記念事業をと、作家の曽根綾子氏の講演会を企画した。といっても、ファンというだけでツテもなにもなかったが、「思い立ったらまっしぐら」、体当たり、ダメもとでアタックして実現にこぎつけた。
 東日本大震災の際には、各国のゾンタ会員から続々と寄付の声が上がった。通例のように公的機関に振り込んでもらうのではなく、直接被災地の方々にお役に立てる方法はないかと考え「2011東北大震災ゾンタ基金」を開設。集まった資金を元に、岩田県山田町に「ゾンタハウス」を開所した。被災者や震災孤児で勉強する場所がない中高生に放課後無料で学習できる場を提供する。2年間、家賃の支払いと地元の先生を雇用することによって「現地の経済を動かし、自立に向けての支援になる」と経営者としての視点も生きる。
 先月は招待され、台湾ゾンタの全国大会に。なんと同じテーブルに馬英九総統が着かれ、日本を代表して震災への支援についてのお礼を述べる機会があったという。

願い続けることが実現の一番の近道

 「思い立ったら~」の性格を物語るこんなエピソードも。かれんで気品のあるナラヤエザクラが好きで、有志と愛でる会をつくっている。聖武天皇が三笠山の奥でこの花を見つけ、あまりにも美しいので光明皇后のために宮中に移植したという逸話から、なんとか、この美しい花を皇后陛下に献上できないかと思い立った。全くつてはない。この時も「願い続けることが実現の一番の近道」と、皇后陛下に献上したいの一心でなんとか実現した。時まさしく成婚50周年。陛下から「記念の年に聖武天皇ゆかりの地のヤエザクラを贈ってもらって嬉しい」とお返事をいただき深く感動したという。

 「そんなことばかりして遊んでいるの。忙しいでしょう」と嬉しそうに笑う。後進の女性にアドバイスをと言うと「アドバイスなんて! 私もまだ一緒に走っているのよ!」さらに明るく笑った。

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