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2011年10月12日

橘右佐喜という名前を追いかけて

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橘右佐喜さん 
奈良市在住

 笑点のカレンダーで「寄席文字」を見た瞬間、ウァーッ…。背中を電気がビリビリと走り、声が出ないほどの衝撃を受けた主婦がいた。二人の男の子の子育てが少し落ち着いて「このまま人生終わるのやだな」と思っていた彼女の人生は一変した。
 寄席文字とは右肩上がりの線(物事が良くなるように)に隙間を少なくした(客席がお客様でいっぱいになるように)独特の縁起文字で、落語の看板やめくりに使われる。江戸時代から脈々と伝えられ、それまで「ビラ字」と呼ばれていた文字を時代に合わせて読みやすい書体に工夫し、「寄席文字」と命名したのが、橘右近師匠(1903年~1995年)だった。

 「私がやりたいのはこれだ!」思い立ったらまっしぐら。小柄で優しい面立ちの女性だが、好奇心がいっぱいの行動派のようだ。テレビ局に連絡し、橘師匠を突き止めると「この文字を学んでプロになりたい」と熱い想いを手紙にしたためた。しばらくすると師匠が見本になるものを送ってくれ、そこから通信教育のような形で半年ほど練習をした。しかし納得がいかない。息遣いや筆遣いがわからない。見たい。会いたい。夫に気持ちを打ち明けると快く送り出してくれた。師匠は「よく来たね」温かく迎えてくれた。

 勉強を始めて1年ほどたった頃、地域の寄席にスタッフとして関わるようになり、めくりやポスターを書かせてもらうようになった。2年半ほどたった頃、新聞の取材があり名前を聞かれた。師匠に相談すると「橘」と名乗りなさいという。下の名前は? 本名と組み合わせるのは中途半端だし「うさぎでもなんでもいいので師匠の「右(う)」の字が欲しい」と言うと、「右佐喜」という名前を付けてくれた。
 後で知ったことだが、師匠のもとで10年も20年も修行してもなかなか名前がもらえない厳しい世界で、異例のことだった。当然、兄弟子からの突き上げがあったが、師匠が「この人のやる気が尋常でない。どうしても名前をやりたいから特例を許して欲しい」と頭を下げてくれたのだと聞いた。
 「師匠の顔に泥を塗ることはできない」世間知らずではあったが、思いだけは人一倍強い。右佐喜という名前に恥じないように31年間、いくつも分厚い壁にあたりながら、一生懸命、師匠を追い続けている。

伝統的な寄席文字に精進する一方、「遊字庵ゆふ」で「あそび文字」も

 寄席文字は楽しい世界の文字。いつでも自分の気持をポジティブに、明るく保つのも修行のうちと考えている。取材に伺った、生國魂神社の彦八まつり(大阪市上本町)では第1回目から実演販売をおこなっている。2日間ブースに座って書きっぱなしだが、「ものすごく楽しいの!」と笑う。依頼された文字に、お客さんの人生を垣間見るのも楽しい。

 伝統を守る寄席文字に精進する一方、「遊字庵ゆふ」として、自由な「あそび文字」も楽しんでいる。筆法にとらわれず遊び心いっぱいに書く独自の文字で、お客様と一緒に遊び、楽しんでもらえることを身上にしている。縁があって2008年にニュージランド・タウランガ市で、小学生と高校生100人にあそび文字を指導する機会があった。楽しい時間を過ごすことができ、子どもたちはとても喜んでくれた。
 外国からのお客様がたくさん遊びに来られる地元奈良で、書の体験を通じて文化交流ができるような、活動場所がほしい。次の夢が大きく膨らんでいる。

※奈良・大阪・神戸で寄席文字を指導

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