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2011年11月28日

地元藤井寺で「ビシッと建つ!」 注文住宅 ミヤウチ建設

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宮宇地 誠さん
ミヤウチ建設株式会社 代表取締役 

お客様本位の注文住宅販売―「等身大の見学会」でニーズに応える

 午前11時前、藤井寺にあるミヤウチ建設・自社ビルの1階ショールーム。アポまでの少しの待ち時間に辺りを見回すと、エコ対応の商品とともに、数多く寄せられた、笑顔のお客様の写真と声(感想)の紙面がひときわ目を引く。「本当に住みやすくなった」「ここで頼んでよかった」そんな文言に目を細めていると、会社概要のパンフレットが目に入った。A4見開きの1枚モノ―建築会社としては異常に薄く感じた―その裏面には「信条」とあり、内一つに「私たちは、言うべき時に言うべき事をズバリと言える人間関係を築きます」と記されている。家を建てることに並々ならぬ信念を感じたが、しばらくして現れた社長にお話を伺うにつれ、その直感は実感に変わった。

 昭和32年、大工だった初代が技術を生かし、地元で分譲住宅販売業を興したことが、同社の始まりだった。それを引き継いだのが二代目で現社長の宮宇地 誠さんだ。先代が始めた頃の高度成長期には、分譲住宅の需要は高まる一方だったが、その後人々の住まいへのこだわりが強くなってきた時代を迎え、二代目は、それまでの経営方針を、注文住宅販売と大きく方向転換した。「職人気質の父は、仕事ではとても厳しく、よく喧嘩もしました。新たな挑戦は大きな賭けでした。」と宮宇地さんは振り返る。そんな中でも、創業者が志した「木造住宅」の再度徹底追求と、「外注に頼らない直営体制」で同社オリジナルの商品やサービスを提供するという、先代からのスタンスが基礎になっていたことが、成功への大きな要因となった。
 しかし、世の中のニーズに応えるために切った舵だが、初めの数年は売り上げもほとんどなく厳しい状態だった。それまでとは違い、お客様の要望を一つずつ伺ってプランニングする作業は、かなりの知識と手間が必要になってくる。営業も専門知識を身につけ、設計ともどもお客様と接する時間が自然と長くなった。その結果、「しっかりとした人間関係が築けて、その後も長いお付き合いをしていただいています」と宮宇地さんは微笑んだ。
 「先代の築いた土台があってこその、次のステップであり、基本は今も変わりません」家と同じく、基礎の重要性を知り尽くしている宮宇地さん。二代目として模索した方針は、今では地元密着型の同社のポリシーとして、よりしっかりと地域に根ざすことになった。

吹きつけ断熱に全面陶器タイルの外壁 行って見て実感の長期優良住宅

 「ウチを知っていただくには、まず来ていただいて、実際のお家を見ていただきたいのです。だから会社の概要書は1枚で十分(笑)」分厚い資料を作るなら、その資金をお客様のために使いたい。なんともシンプルな意志は、ムダを徹底的に省きながらも、50年間集積したノウハウを駆使した妥協のない家作りにも貫かれている。
 一級建築士3人、二級建築士が5人も揃う、まさに「家のプロ集団」が建てられる年間件数は50軒が精一杯という。それは逆に、高品質・低価格で、安心して家族を守る家を作るには、それ相当の手間隙をかけて、本当の意味でお客様の真のニーズに応えているゆえといえる。
 そんな家を実感していただくため、完成間近のごく普通の家を見てもらう「等身大の見学会」は、毎度好評だという。吹きつけ断熱や全面陶器タイル張りの外壁など、内外ともに強く快適な住まいの数々。それに、仮に一般的な住宅と同じレベルでも、より手頃な価格で建つメリットに気付かれ、同社に惹かれる人も多い。正直な意見を聞き、正直に答えるから、キャッチフレーズの通り、思い通りに「ビシッと建つ!」同社の注文住宅。見学会に来場される方から「ご家族のお子さんに「ビシッとのおっちゃん」て言われます(笑)」
 施工後も、定期的に手作りのニュースレターを見た人が、数年後にまた依頼するケースも珍しくないという。「家のことならいっぺんミヤウチに聞いてみよ」そんなお客様が後を絶たないのは、ともに築いた関係をいつまでも大切にする同社の姿勢への信頼と賛辞に聞こえる。

200年もつ「命を守る家」を作り続ける ミヤウチのポリシーを次世代に
 常に仕事第一で最前線をいく宮宇地さん。最近の趣味は?「50になるまでは、とにかく仕事第一で、趣味なんてなかったですね。でも最近は健康管理もかねて、夜にウォーキングを始めました」と向かう先は、なんと施工中の現場周辺。自身が地元に住み、地元に建てることが多い宮宇地さんならではのコースだ。スムーズに、的確に施工されているかチェックし、いずれ住まう主の笑顔に思いを馳せながら歩く毎日。それはまるで、常に時代に目配せをしながら、地道に一歩ずつ、着実に前進してきた同社の歩みそのものだ。
 社長の夜の見回り習慣から、お客様は安心して信頼を寄せ、社員も高い意識で仕事に当たる、そんな良い循環がまた一つ生まれた。
 気付けば創業から50年、新たな世代も育ちつつある。職人気質の祖父と、建築一筋の父の背中を見ながら、自ずと建築の道に進んだという三代目が名古屋の他社にて修行後、現在は藤井寺に。「私の持っているものを徐々に伝えているところです。まだまだこれからですけどね。とにかくこの先も共に、200年もつ住む人の「命を守る家」を作り続けていきたい。でも、この先次の世代がまた新たに何かを興すかもしれませんね、その時も色々意見するかと思いますが、しっかり見守っていこうと思います。私の親父がそうしてくれたようにね」。
 仕事の師弟であり、同志でもあるご子息を語る宮宇地さんの横顔から、一瞬だけ父親の眼差しを垣間見られたものの、己を律する力強い言葉に、プロの仕事のあり方を教わったように思う。伝統を受け継ぎ、次世代を育てる高潔の人・宮宇地社長は、今日も地元巡りに余念がない。

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