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2012年1月6日

災害被災地の最前線に ―陸上自衛隊信太山駐屯地 女性自衛官―

(2012年・輝く人)
信太山駐屯地女性自衛官

女性だからできることも実感

  2011年は災害の多く、とくに東日本大震災と台風12号による和歌山・奈良両県の被害は甚大だった。その最前線に立ち、被災者の救助や支援を行ったのが自衛隊だ。信太山駐屯地を拠点としている陸上自衛隊第37普通科連隊にも要請がかかり、多くの自衛官が現地へと向かった。そのなかには、女性自衛官も含まれている。
 信太山駐屯地には25名の女性自衛官がおり、それぞれの部隊で活動している。黒川志乃2等陸曹(29歳)は「私は発災当時、初動派遣部隊に属していたので、要請を受け午前2時に(信太山駐屯地を)出発しました」。本来あるはずの道路は土砂で埋まり、川に流され、残っている道の横でも川が濁流になって、今にも道を削りとろうとしていた。「正直、『怖い』と思いました」。現地についてもライフラインは寸断され、携帯電話すら通じない。小型トラックのような岩が転がっている。「それでも、不明者を捜索することが私たちの使命。やるしかないと思いました」。現場の写真を収め、広報担当者としての任務を全うした。
 東日本大震災へ派遣された岡本さやか3等陸曹(28歳)と玉守菜津(たまもりなつ)陸士長(22歳)も「ここが日本なのか、と思いました」(岡本さん)。テレビで見ていた惨状が、360度広がる光景。ただただ、呆然とするばかり。
 だが、立ち止まってはいられない。被災者のため、自分たちにできることを。「私たちは入浴支援を担当しました。当初は施設も不十分な面がありましたが、現地の人に励まされました」。「私は岡本3曹と入れ替わりで入りましたが、被災地の状況は改善されていませんでした。でも、現地の方々が明るく接して下さったので、励まされました」。
 自分たちが励まさねばならないのに、逆に励まされる。「親族を亡くされたり、家が全壊したり、辛い思いをした方が多いのに、みなさん明るいんです」(岡本さん)。「あの状況で『頑張ってください』とは言えません。なんとお声をかけてよいか、わかりませんでした」(玉守さん)。2児の母でもある黒川さんは「お子さんの声に励まされました」。だからこそ、もっと被災地のために奮闘せねば。気持ちを新たにでき、自分たち女性自衛官の存在意義を改めて実感することにもなった。
 「入浴支援など、女性が必要な場面が多くありました」。被災者にとり、男性よりも女性のほうが精神的に落ち着き、接しやすいといった側面もある。「訓練では男性に後れをとったり、もどかしさもありましたが、今回の災害派遣で(自衛隊に)女性は必要だと改めて感じました」(黒川さん)。

今年はスキルアップを目指す3人。女性ならではの悩みも

 なぜ3人は自衛官を目指したのか。黒川さんと岡本さんは、ともに阪神淡路大震災がきっかけだった。「私は山口の出身なのですが、小学5年生のときにテレビで阪神淡路大震災の中継を見ていて、(何もできない自分が)もどかしかったんです。その時から『自分は自衛官になる』と親に宣言していました」(岡本さん)。玉守さんも幅広く人々の役に立つ自衛隊の活動をテレビで見て、自衛官の道を志した。
 でも、女性ならではの悩みもあるのでは? そんな質問に3人とも「トイレ!」と口を揃える。演習場に入り長期間の訓練を行う演習などでは、当然、トイレはない。男性ならばまだしも、女性にとっては辛い。「ただ、私と岡本さんはもう10年目。慣れてはきましたね」(黒川さん)。「逆に男性の方がたじろぐんですよ。だから(見られた時には)相手に申し訳なくって」(岡本さん)。
 また、演習中に顔に塗るペイントも悩みのひとつ。訓練中は相手(仮想の敵)に見つからないようにするため、ドーランを使って周囲に溶け込む保護色を顔にペイントする。数日間塗りっぱなしのこともあり「肌が荒れてしまうんです」(玉守さん)。
 では、お風呂はどうだろう。「私は早く入りたくなりますね」(黒川さん)「えっ、そんなに気にならないけどなぁ」(岡本さん)「頭は洗いたくなりますけど、そんなには…」(玉守さん)と三者三様だった。
 「これからも家庭と仕事を両立しつつ、自衛官としてのスキルアップをして、もう一歩、成長したいです」(黒川さん)「私は昨年から新しい部隊に配属され、反省の多い年でした。今年はそれを活かし成長して、(部隊内で)もっと自分を発揮できるようにしたいです」(岡本さん)「今年は(陸曹への)昇任試験に受かりたいです!」(玉守さん)。
 いざという時、国民の窮地を救い、守るため。今年も彼女たちは、日夜訓練に励んでいる。