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シネマ365日

2012年2月12日

髪結いの亭主 (1990年 恋愛映画)

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監督 パトリス・ルコント
出演 ジャン・ロシュフォール/アンナ・ガリエナ

至上の愛 人生の真珠

 1960年代にフランス映画が変革を遂げ、それを受け継いだ80年代、90年代そして今。いい監督もいたし、いい映画もあった。「アメリ」「クリムソンリバー」のマチュー・カソヴィッツ。「薔薇の名前」「スターリン・グラード」のジャン・ジャック・アノー。「エイリアン4」「ロスト・チルドレン」のジャン・ピエール・ジュネ。でももしルコントがいなかったらと考えると、塩を入れ忘れた料理みたいな味になる気がする
▼「掌中の玉」という言葉がある。大切で、大切でたまらない。なににも誰にも代えがたい。そんな人生の真珠、というべき相手と過ごした10年がこの物語だ。主人公アントワーヌ(J・ロシュフォール)はノルマンディーの海岸の田舎町生まれ。石鹸とリンスの匂いと、濃い体臭を発散する胸の大きな女主人がいる散髪屋が大好き。髪結いの亭主になると打ち明け父から平手打ちを食う
▼中年になり、理髪店を営むマチルダをみかけ、調髪に入り求婚する。マチルダは「愛するふりだけはしないで」と頼んで求婚を受ける。兄夫婦とマチルダの親代わりのおじさんが出席し、店内でささやかな結婚式をあげた。アントワーヌの独白が流れる「この店が世界だった。友達もいらない。必要なかった。二人のほかに何が要る。友だちの夫婦と出かけたい、休暇をともに過ごしたいなど胡散臭い。夫婦間の愛情不足や亀裂を埋めるために行われるだけだ。お前(マチルダ)がいればいい」。マチルダもまた孤絶した愛の在り方を不安とも深刻とも受け止めず、お互いだけを見つめ、見つめられることによる、充足を享受する
▼…10年たった。豪雨の夕方「買い物にいくわ」とアントワーヌが止めるまもなく店をでたマチルダは、激流に身を投げる。遺書があった。「あなた。あなたが死んだり、私に飽きる前に死ぬわ。やさしさだけが残ってもそれでは満足できない。不幸より死を選ぶわ。抱擁の温もりやあなたの香りや眼差し、キスを胸に死にます。あなたがくれた日々と共に死んでいきます。息がとまるほど長いキスを送るわ。愛していたの。あなただけを。永遠に忘れないで。マチルダ」
▼監督は俗世間の恋愛観と隔絶した、こういう愛し方もあるのだと提示するだけだ。どんな至上の愛もいつかそれに狎れ俗事の手垢にまみれる。マチルダはそれをおそれ、掌中の玉を守ったのだと、アントワーヌには理解できた。彼は店でいつものようにクロスワードパズルを解き、客がきたらこう告げる「少しお待ちになって。もうすぐ妻が帰りますから」…入水の衝撃から一転、死が完結させた愛と生きるアントワーヌの姿が、永遠の安息とともにそこにある。

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