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2011年8月31日

『檸檬』  梶井基次郎

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店先に置いてきたレモンのように、これほど世間を騒がせた爆弾級の掌編はあるまい。京都の丸善の閉店が決まった時は、レモンを置きにくる人が絶えなかったというし、今でも他店で時折起こる椿事だという。紡錘形の形や爽やかな色、酸っぱい味が象徴するものを、持ち重りする青春ととるか、驕慢にまみれた人の醜さ、倦怠と空疎、潰えた夢や希望ととるか。要するに人が、置いてきてしまいたい物。誰にでも一つや二つはあるだろうし、その普遍性に人は自分の人生を重ねる。あり得ない場所に置かれた場違いなレモンに愉悦を覚え、してやったりと快哉を叫ぶのだ。

「とうとう私は二条の方へ寺町を下り、 そこの果物屋で足を停めた」から始まる件。決して立派な店ではなかったとしながら最も好きな店として執拗に描写するのはなぜか。真っ暗な中に電灯が驟雨のように浴びせかける絢爛な店で主人公は「二銭や三銭のものーといって贅沢なもの。美しいもの」を求める。《なんでレモンなん?》《なんで置いてくるん?》。凡庸な頭には?マークがちらつくが、おそらくレモンの謎に回答はない。その謎を解く鍵は読者自身の中にひっそりと隠れている。

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