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シネマ365日

2012年3月2日

「旅立ちと出発の映画」特集2 勝利の朝(1933年 女性映画)

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監督 ローウェル・シャーマン
出演 キャサリン・ヘプバーン

二人の同時代人の出発

 「勝利の朝」ってなんです? 首をひねる。時代を感じる。名女優キャサリン・ヘプバーンが最初のオスカーをとった映画である。今からみると筋書きは荒っぽいし、これといった起伏や逆転もあるにはあるが、もしキャサリンでなかったらラズベリー賞争奪戦に加わっていた作品では、とさえ思える▼舞台女優を夢見て田舎から娘(キャサリン・ヘプバーン)が出てきた。プロデューサーの男に捨てられ、しがない端役をやっていた。あるとき主演女優がわがままをいって降板するという。代役はいないがムカつく女優にヘイコラ頭を下げたくない。プロデューサーが困っているところに、キャサリンを愛する男が、絶対この娘を使ってみろ、責任を持つと強引にプロデューサーを説得する。キャサリンは初舞台に。結果は拍手喝采。主役の契約が結ばれる▼「勝利の朝」公開の1933年といえば、女が自立できる仕事は教師か看護師か芸術家、つまり小説を書いてヒットさせるか、女優か絵描きか、という狭い範疇だった。女優は役柄が限られていたとはいえ、女が選べる数少ない職業のひとつだった。仕事をしたい女はいっぱいいたのに受け皿の社会が狭かった▼1999年の資料だからいささか古いがアメリカ映画協会の選んだ「最も偉大な女優」のトップはキャサリン・ヘプバーンだ。美人とよぶにはちょっと鋭すぎる感じがするが、知性的で的確に役をこなす演技力、ユーモアのある洗練された受け答え、晴れやかな場所を嫌い、プライバシーを大切にする独特のライフスタイル、社交的ではないのに出演したらオスカーをとるため他の女優からいやがられ、生涯4度の主演女優賞受賞はまだやぶられていない▼「勝利の朝」のとき彼女は26歳だった。女優3作目である。彼女の気の強い人嫌いなキャラクターがなぜ愛されたのか、アメリカ人女性の心の底にたまっていたうっぷんを、キャサリンは大声でいってやったからではないか。「勝利の朝」に理解ある男はいるし、愛されてもいる、めでたく主役は射止めたし、批評は絶賛だった、もうこわいものはないという朝、キャサリンはいう「役者の成功なんて夜明けの花よ、陽が昇ればしおれるの、でもわたしは行くわ。しおれたっていい、わたしはやるのよ」まるで戦闘開始である▼苦労して手に入れた好きな仕事で、明日枯れようとしおれようと、食っていってみせる…自己実現の欲求不満にむしゃくしゃしていた女たちは「そうだ、そうだ、やったれ」と自分の代わりみたいに出発を宣言したキャサリンの、背中を押したであろう。マーガレット・ミッチェルが「風とともに去りぬ」を書き始めたのは1926といわれる。完成が1936年。「勝利の朝」をマーガレットがみたかどうかわからないが、あきらかに二人は同時代人だ。

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