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シネマ365日

2012年3月30日

肉体の冠 (1951年 事実に基づいた映画)

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監督 ジャック・ベッケル
出演 シモーヌ・シニョレ/セルジュ・レジアニ

こぼれるエロティシズム 

 ベッケルは生涯に13本しか映画を撮らなかった。「肉体の冠」は「現金に手を出すな」に先立つ、フランスの暗黒街映画だといわれるが、厳しい恋愛映画でもある▼シモーヌ・シニョレは「肉体の冠」のとき30歳だった。ギャングのルカの情婦マリーに扮する。マリーはルカに嫌気がさしている。パーティーで出会った大工のマンダ(セルジョ・レジアニ)に惹かれる。マンダは婚約者がいるが、彼もマリーが好きになる▼ルカの親分がマリーを横取りしようと画策し、ルカとマンダを決闘させる。ルカを殺したマンダは田舎に逃げようとし、マリーが追ってくる。二人はつかの間幸福なひとときをすごすが、親分はマンダの友人を罠にはめてマンダをおびきよせる。マンダは親分を射殺し死刑の判決を受ける。断頭台が見える木賃宿にマリーは部屋をとる。翌日マンダの死刑が執行される。ギロチンの落ちる瞬間をまばたきもせずマリーは凝視する▼情人だろうとギャングのボスだろうと、体を張って相手にするシモーヌの女ぶり。最初の一目で好きになったシモーヌが、ダンスの回転中くるくるまわりながらマンダに注ぐ視線のエロティシズム。きつい女かつ情の濃い女の危なさと情感が、心という器からこぼれおちるようだ。役者というのは台詞を喋らないときが勝負だとつくづく思わせられる。シモーヌが野原にねそべってうとうとする男をみつけ、草でこそばゆくさせるシーン。ベッケルとシモーヌは言葉なしのクローズアップだけで、この数分間を保たせるのだ▼台詞がとても素朴だ。マンダにとってマリーはファム・ファタール(宿命の女)だ。婚約者を棄てて会いに行く。取り巻きのギャングたちのなかでマリーは艶然と笑う。マンダは周囲も目に入らず、つかつかとマリーに近づき「会いにきた」という▼本当に好きになればそんなありふれた言葉しか出てこないことをベッケルはよく知っていた。冗長な台詞なんか嘘っぱちだ。だから二人の男と女に「会いたかった?」「会いたかった」としか言わせない。男の首が落とされる瞬間まで目を逸らさない女に、一生分の愛が凝縮している。ピシピシ変わるシーンのシャープな運び方に、観客はあっといいながらついていく。それが不愉快でも唐突でもない。

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