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シネマ365日

2012年4月2日

再びヒッチコック特集2 断崖(1941年 サスペンス映画)

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監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 ジョーン・フォンテーン/ケーリー・グラント

ヒッチコックの「フェチ」

 映画とは白昼夢だというのがヒッチコックの持論だった。無意識という暗闇に沈んでいるなにかが、夢という形をとって現れる。映画はそれを白昼にみさせるものだ。この白昼夢はしかし監督ヒッチコックの計算されつくしたもので、小道具のひとつ、俳優の姿勢ひとつにいたるまで監督の指示下にあった。うっかり油断していたらなにが大変なことがおこりそうだ(俳優という家畜がなにをするかわからないという意味か)こわくてたまらない、と彼は語っている。そういう一方で彼はまるで制服のように、いつもきちんとネクタイをしめ、スーツをきてディレクターチェアに腰掛け、目を半眼にして、眠っているみたいだった▼ヒッチコックの整理整頓とはこんなふうだった「身のまわりがすべてすっきりしていて、静かで落ち着いていないと気が休まらない。仕事机もいつもきちんと片付いていないといやだし、風呂に入ったあとも必ず浴槽をきれいに洗い、風呂場のすべてを元通りにして出る。自分の足跡をどこにも残したくない」身綺麗な習慣というより、犯罪者が痕跡を消す心理に似通っていないだろうか。そういえば夫が異常なキレイ好きで、妻のジュリア・ロバーツを虐待する、サイコな映画があったよね▼「映画術」はフランソワ・トリュフォーのヒッチコックへの長時間に及ぶインタビューだ。トリュフォーはあこがれのヒッチコックに、あの場面はこう思った、こう感じたとさかんにうんちくをかたむけ、ヒッチは逐一それに答えている。しかしヒッチコックの回答はそのシーンの組み立てに至る人物の心理分析に始まり、だからスクリーンに映るのはこの手順を追ってこの角度からこう近づかねばいけないという、徹底した技術論の連続だった。このシーンに観客を導くために「どんなに細心な下準備をしたか、思い起こしてほしい」とヒッチコックは「めまい」での苦労を述べている。すべてのヒッチコック映画は「映画の職人」ともいうべき驚異的な技術力・撮影力でなりたったのだ▼はっきりいって「断崖」はヒッチコックの本領発揮とはいかなかった映画だと思える。ヒッチ自身が不満だと言っている。ケーリー・グラントが運ぶミルクに、電球をいれて白さを際立たせたエピソードが有名になり、後日ヒッチコックは「観客の視線がすっとこのコップにだけ注がれるように」したかったといっているが、そんな仕掛けをもっとこしらえたい、つくりたい、さらに念入りに、獣を捕る罠のように。そんな仕掛けづくりの欲望が女優に及ぶのにそう時間はかからなかった▼というのも「断崖」以後ヒッチコックの主演女優陣は、イングリッド・バーグマン、グレース・ケリー、キム・ノヴァクと、印象の濃い、長身でしかも重量感があり、美人で金髪というヒッチコックの「フェチ」がますます目立っていく。自分が望む映画を撮るために、なくてはならぬ最大の道具のように。ヒッチコックはある種の女嫌いかと思えるほど、女性の趣味はハッキリしすぎるほどしていた。観客の視線はもはやコップにではなく、女優自身が立体のからくり人形であるようにその肉体に注がれる。バーグマンはヒッチコックの要求するアングルからのラブシーンが、いかに自然な姿勢に反していたかほとほとしんどかったと言っている。ヒッチコックの性的欲望は女ではなく、女を使った映像の仕掛け、すなわち彼の白昼夢に収斂されていったのだ。

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