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シネマ365日

2012年4月4日

再びヒッチコック特集4 パラダイン夫人の恋(1947年 法廷劇映画)

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監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 グレゴリー・ペック/アリダ・ヴァリ

めざすはヒッチコック帝国

 脚本にデビッド・セルズニックがクレジットされている。ハリウッドでセルズニック帝国を築いた大プロデューサーだ。なんにでもくちばしをつっこんでくるから現場はやりにくくて仕方なかった。おまけに「パラダイン夫人の恋」はセルズニック自身が脚本に一枚かんだものだから彼の「くちばし」はあらゆるところをつつきまわした▼愛すべきキャラクターではあったが仕事はゆきあたりばったりだったセレズニックは、無愛想ではあったが仕事は組織的だったヒッチコックと、あらゆる面で対照的だった。セルズニックはあっという間に脚本をいじり、その日に書き直した脚本をその日のセットに届け、それでなくとも神経質で几帳面なヒッチコックは、すべてが自分の敷いた線路の上を進まないと不安で、不安でたまらない、そこへ出たトコ勝負のセルズニックが毎朝割り込んできてひっくりかえすものだから、気も狂わんばかりだったとグレゴリー・ペックは回想している▼だから「パラダイン夫人の恋」にはヒッチコックとセルズニックという、巨人二人の不一致と混乱とそれにともなう陰うつさが渦巻いている。ヒッチコックはセルズニックの脚本を「ヒロインがどのようにして殺人を犯したのかという点になるとまるでわからず、パラダイン家の間取りがどうなっているのか、そこでどんな殺人が行われているのかさっぱりわからなかった」間取りなどセルズニックの頭からかき消えていた。一日も早くヒッチコックが「パラダイン夫人」を投げ出したがっているのはもはやだれの目にも明らかだった▼「パラダイン夫人の恋」とは、上流階級の立派な紳士である弁護士アンソニー(グレゴリー・ペック)が、依頼人であるパラダイン夫人(アリダ・ヴァリ)に恋してしまう「堕落の物語」で、ヒロインは「殺人者であるばかりでなく色情狂」であるとヒッチコックは規定している。なんだかこの映画にはもう愛情がもてないとでもいいたそうな、ずいぶん冷たい突き放し方である▼筋書きは、戦争で目が見えなくなっていたパラダイン大佐が毒殺され、容疑が夫人にかかる。裁判を担当したアンソニーは夫人の妖しい美貌に惑乱し、彼女を無罪にするため弁護士の本分を忘れる。事件の経緯を調べるため、パラダイン家の屋敷に来たアンソニーは、大佐の世話をしていた馬丁のラトウールと夫人の関係に疑問を抱く。夫人の無罪をかちとるために、ラトウールを犯人に仕立て上げる弁護士のジュリストにあるまじきやり方に、大佐への忠誠のため沈黙していたラトウールは、夫人との情事で自分は大佐を裏切ったと告白し自殺する。夫人はラトウールを殺したのは弁護士が、やみくもな横恋慕であとさき見えなくなったからだと、アンソニーを法廷の満座で弾劾する▼グレゴリー・ペックはやられっぱなし、アリダ・ヴァリの冷たい美貌がただひとつ存在感を放っていた。彼女はバーグマンのような、決してヒッチコック好みのタイプではないが、イタリアからハリウッドにきて、それも初めての映画で主演という大役に挑み、吹き替えもせずオール英語で通した。監督はアリダ・ヴァリを、尊敬の念とともにたたえるのを忘れなかった▼ヒッチコックは「パラダイン夫人の恋」のあとセルズニックのもとを離れ独立、映画製作者として資金も収益も、音楽も編集も脚本も、監督もキャスティングも、全責任をもって映画ビジネスに乗り出す。ひとたび彼が監督した映画は必ずヒットさせる「ヒッチコック帝国」の栄光は、思う通り自分のビジョンが描けず、突発のトラブルつづきで気が狂いかけた「パラダイン夫人」に端を発するのかもしれない。

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