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シネマ365日

2012年4月5日

再びヒッチコック特集5 山羊座のもとに(1948年 恋愛映画)

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監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 イングリッド・バーグマン/ジョセフ・コットン/マイケル・ワイルディング

「イングリッド、たかが映画じゃないか」

 「パラダイン夫人の恋」のあと、待望の独立をはたしたヒッチコックの第一作。切り札のバーグマンを投入し万全の態勢で臨んだが、映画は大損だった。撮影中バーグマンと監督は大げんかした。仲のいい二人だからケンカといっても、バーグマンがいいたいことをいい、ヒッチコックが我慢する、というパターンにおちつくのがほとんどだ▼このときもバーグマンは「ヒッチの新しいテクニックは大嫌い」なので「共演者全員を代表してハッキリ言ってやった。小柄なヒッチはすっと出ていき、なにもいわず家に帰ってしまった」(「自伝マイ・ストーリー」)ヒッチコックは撮影中絶対腹を立てないことにしていたからだ。20分後に撮影所からかかってきた電話によれば、バーグマンはまだどなっているらしかった▼俳優らは監督のどんな新しいテクニックが気にいらなかったのか。「11分間もカメラはわたしを追い回し、最初から最後まで喋りっぱなしだった。まるで悪夢だった」とのちにバーグマンが打ち明けた超ロングショットである。バーグマンは納得できないことはヒッチコックを質問攻めにした。議論嫌いのヒッチコックは彼独特の流儀でこう答えた「イングリッド、たかが映画じゃないか」▼ヒッチコックは「山羊座のもとに」の叙情性が気にいっており、どうしても成功させたいと意気込んでいただけに不入りはガックリきた。失敗の第一原因にあげたのが他ならぬバーグマンの登用で「ハリウッドナンバー1の彼女を手に入れて、得意になっていたことがまちがいで思い上がっていた。この映画は出発点から虚飾のカタマリだった」という手厳しい反省をしている。第二の失敗はやはり脚本だった。ヒッチコックの求める脚本は、職人芸に徹した「うまさ」だった▼ヒッチコックはありとあらゆる労力を注ぎ、なにももたらさなかった「山羊座のもとに」を、自分の作品中くやしく恥ずかしい映画だと位置づけ「映画づくりの鉄則は迷いが生じたら、どんなことがあっても、すぐ確実な地点にもどってやり直す」ことだと決めた。ヒッチコックが彼の映画製作で示す無敵の復元力は、徹底したリアリストの目による自己分析と是正処置、その迅速な行動力にあるのだろう▼19世紀のオーストラリアを舞台にしたヒッチコック唯一のコスチューム・ドラマ(時代劇)である「山羊座のもとに」は、公開直後こそ不入りだったが、のちヒッチコックのカルト的映画となって評価を取り戻した。なぜか。殺人という犯罪を排除してさえ、コンプレックスや嫉妬や裏切りや思いやりという感情を支配することによって、ヒッチコックは「山羊座のもとに」をサスペンスに仕立て上げた。しんから映画好きの眼に応える見応えのある作品だった。バーグマンとジョセフ・コットンの純愛を縦軸に、二人が貴族の令嬢と屋敷の召使であるという身分違いの葛藤を横軸に、マイケル・ワイルディングが謎解きふうに夫婦の過去を解き明かし、「レベッカ」のダンヴァース夫人顔負けの家政婦の出現と、謎と闇を秘めた人間の内面を描くヒッチコックの指揮に、冗長もタルミもないのである▼このあとどんな作品が続くかみてみよう。「舞台恐怖症」(1950、主演マレーネ・ディートリッヒ)「見知らぬ乗客」(1951年、ロバート・ウォーカー)「わたしは告白する」(1953、モンゴメリイ・クリフト)そしてついに登場するヒッチコックの女神グレース・ケリーの「ダイヤルMを廻せ」(1954)「泥棒成金」(1955、グレースとケーリー・グラント)「知りすぎていた男」(1956、ジェームス・スチュアート)など、いわゆるヒッチコック「黄金の1950年代」が出現する。

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