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シネマ365日

2012年4月10日

再びヒッチコック特集10 フレンジー(1972年 サスペンス映画)

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監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 ジョン・フィンチ/バリー・フォスター/アレック・マッコーエン/ヴィヴィアン・マーチャント

ヒッチコックの新機軸

 映画が始まり15分で犯人がわかる。ここから先はヒッチお得意の逃亡する男が主人公になるのが「フレンジー」だ。彼の作品でいえば「北北西に進路をとれ」「間違えられた男」「三十九夜」の系列に属する▼「山羊座のもとに」「舞台恐怖症」以来20年振りでイギリス、しかも故郷ロンドンで撮ったヒッチコックだが「撮影に入ったらどこでやろうと仕事に変わりない」と無愛想にインタビューに答えている。ヒッチコックには彼一流のおふざけというか、ダジャレとか韜晦があって「俳優は家畜だ」もその一例だろう。それらがかえって彼の仕事観、映画観をよく現しており、これなんか最たるものだと思える「ある監督たちは人生の断面を映画に撮る。わたしはケーキの断面を映画に撮る」▼「フレンジー」が従来のヒッチコック映画と180度ちがったのはキャスティングだ。イングリッド・バーグマンが駆け落ちしたと怒り、グレース・ケリーがモナコ后妃になったとしょげ、腹いせみたいにキム・ノヴァクをサンフランシスコ湾にはめ、ティッピ・ヘドレンを鳥につつかせたヒッチコックが、洗練された美貌の貴婦人でなく、日常性にあふれるご近所の主婦、おばさん、といったじつに身近な女性をヒロインに選んだのである。これがケーキの断面を映画にした「フレンジー」という映画だった▼ブレイン(J・フィンチ)の別れた妻で結婚相談所を開いているブレンダ(B・リーセント)、酒場の同僚バブス(A・マッセイ)、真犯人を割り出したオックスフォード刑事(A・マッコーエン)の妻(ヴィヴィアン・マーチャント)ら、隣人のようなリアルな女たちによって、ヒッチコックはいつなにが起こるかわからない日常というサスペンスに現実感を与えた▼とくにオックスフォード夫妻の登場シーンは、奥さんの意見をきくのが習慣だったヒッチコックのユーモアあふれるシーンがある。ヴィヴィアンが腕をふるってテーブルに並べる豚足、ウズラの照り焼き、正体不明の貝のスープなどを無理やり口にいれながら、刑事は妻がいう「あなた、10年も結婚していた元夫婦に相手を殺す情熱があると思うの? うちは3年だけどあなたはどう?」なんてあまりに健全な妻の判断に「お前のいうことは証拠がない」と抵抗しながらも、捜査のやり直しを決める▼犯人役のバリー・フォスターは、ふだんは果物屋の息子(ヒッチコックは果物屋が好きですね。青物商の子に生まれたからね)で、母親に頭があがらず(ノーマン・ベイツ再び)ぬるぬるした軟体動物のような感触で目当ての女を追い、追い詰めたとみるや躊躇なくネクタイで首を締める。残酷でいやらしい目付きがいかにもヒッチコックだ。絞殺にはヒッチコック独特の嗜好があったと思える。古くは「見知らぬ乗客」で犯人役の主人公が手つき目付き、みぶり手振りも念入りに殺人でもっとも理想的な方法は絞殺だと、解説するところがある。実際ヒッチコック自身も女優の首に両手の指を回して、感触を確かめさせたこともあった。思うに拳銃のような、あっというまに目的をとげる手段でなく、じわじわと死に至る数分にエロチシズムを発散させるのが絞殺だとみなしていたのではなかろうか▼「フレンジー」でもケーリー・グラントやジェームス・スチュワート、グレゴリー・ペック、アンソニー・パーキンスやポール・ニューマンといった、背の高いハンサムな主人公を棄てたヒッチコックの新機軸がみられる。カンヌ映画祭のオープニングに上映された「フレンジー」はさすがヒッチコックと絶賛された。新生ヒッチコックの栄光と賞賛。しかし彼の生涯に残された映画は、4年後に待つ「ファミリー・プロット」だけになっていた。

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