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シネマ365日

2012年4月11日

再びヒッチコック特集11 ファミリー・プロット(1976年 サスペンス映画)

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監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 ブルース・ダーン/カレン・ブラック/バーバラ・ハリス/ウィリアム・ディヴェイン

映画という墓標

 ヒッチコック76歳のときの映画だ。監督生活50年53作目だった。この4年後80歳で彼は他界するから「ファミリー・プロット」はヒッチコックがこの世に残した最後の映画になる▼「引き裂かれたカーテン」や「トパーズ」の失敗から復活し「フレンジー」の勢いを駆って取り組んだ「ファミリー・プロット」だったが、これを監督している間中、ヒッチコックの体調はよくなかった。脚本はヒッチコックのくせをよく知っている「北北西に進路をとれ」のアーネスト・リーマンだった。しかし「北北西」からずいぶん時間もたっており、関節痛に悩まされていたヒッチコックは気難しくなっていた。映画の結末に関しても二人はもめ、撮影も終わろうとする段階でヒッチコックが大幅な手直しを言い出すなど気分がころころと変わり、痛みを忘れるために酒をガブ飲みした▼好調時なら6週間で撮り終える仕事に何ヶ月もかかった。しかしヒッチコックはヒッチコックだった。いったん撮影に入れば「どんなことも見逃さなかった。キャメラのアングルが悪い、カットが2、3秒長すぎるなど、不意に小さな、しかし致命的なミスをめざとく見つけ、ビシッと注意する。他の人ならスクリーンに映るまで気がつかないようなディテールだ」そう主役の一人ブルース・ダーンは回想している▼ヒッチコックは「ファミリー・プロット」の次作を構想していた。ドナルド・スポトーによれば、それはこれまで想像するだけで実現しなかったヒッチコックの赤裸々な欲望の表現、早く言えば強姦・暴行の場面を映画にしたいという願望だったという。「フレンジー」でもヒッチコックは首を絞めて暴行殺人する犯人が、スクリーンに映し出されるイメージにこだわった。普通の監督が俳優に演技させるところを、ヒッチコックはキャメラを動かして人間を撮る、と20年以上いっしょに仕事をしてきたキャメラマンは指摘している。セットに一歩入っただけで、キャメラになにが映るかを理解する。彼の判断が間違ったことは一度もなかったと▼以上のような話を総合すればヒッチコックが「ファミリー・プロット」に満足していたとは思えない。ヒッチコックは本質的にアウトサイダーだった。「サイコ」のインタビューで彼は「だれのこころにも悪魔がいる」と答えている。人間がかかえる悪魔の解放という壮大な、悪夢のようなサスペンスを撮りたかったにちがいない。ヒッチコックとは子供のころから気持ちの悪いもの、気色のわるいもの、奇怪なものに、われをわすれて夢中になる子だった▼彼が映画監督になったのは、その性癖をスクリーンで実現するためだったにちがいないのだ。彼が積極的にこだわりを示すのは食べ物と監督としての技術だけで、世間受けを狙うのも、自分から魅力をふりまくことも洒落た服装も嫌いだった(背広とネクタイというおそるべきワンパターンで通した)。彼が自分自身から外れることにエネルギーを消費することはみな面倒だった。ヒッチコックの描く犯罪とは、美しい洗練された上品な外観に隠された悪の心や魔の正体だから、その反逆的思想からいうと「ファミリー・プロット」は主役が詐欺師や泥棒とはいえ、彼が愛する魔物という存在に比べると善男善女に近く、物足りなかったにちがいない▼とはいえヒッチコックはこれを残して死んでしまったのだから、撮りたかったはずの映画をみせろといっても始まらない。物語は資産家の遺産相続人をさがす、いかさま女霊媒師ブランチ(バーバラ・ハリス)とその相棒のタクシー運転手ジョー(ブルース・ダーン)が、相続人をみつけたところ彼は表向き宝石商、裏でダイヤモンドを狙う誘拐犯、金髪のかつらをかぶったフラン(カレン・ブラック)…こういうところにやっぱりヒッチコックの金髪フェチが出たと思うと面白い…相棒に富豪を誘拐してはダイヤモンドをせしめていた。地味な配役であるがビッグであろうとなかろうと、もはやヒッチコックにはかつてのグレース・ケリーやイングリッド・バーグマンや、ケーリー・グラントらとの時代が、もどるべくもないことがわかっていた▼病床についたヒッチコックをイングリッド・バーグマンが見舞った。気が弱くなったヒッチをバーグマンは話し相手になり、励まし、またいっしょに映画をとろうと言ったかもしれない、とにかくヒッチは気持ちが落ち着き眠りについた。ヒッチコックの最後は穏やかに、安らかに訪れた。1980年4月29日午前9時17分だった。葬儀はグッド・シェーファード・カトリック教会で行われ、葬儀後ロス沖の太平洋に散骨された。だからヒッチコックの墓はない。彼の墓は53本の映画であり、その一本一本を愛する人の心の中にある。

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