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スポーツ

2012年4月6日

いつまでも、目標を追い続ける  ―車いすレースプロ選手・廣道純さん(38歳)―

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廣道純さん
レースプロ選手

ロンドンパラリンピックは種目を絞り、800メートルで勝負したい

 堺市出身で、車いすレースのプロ選手として活躍する廣道(ひろみち)純さん。24年前、高校1年生の時にバイク事故で脊髄を損傷、そのリハビリの際に車いすレースと出会った。
 「(入院先の)リハビリの先生から『うわー、私のやることがない』って言われるくらい元気だったんです」。元々、体操選手として活躍、子供の頃からBMXを使用した自転車競技にも親しんでいた。「腕の力が有り余っていましたね。でも、車いす生活になってはスポーツができないと思っていたんです。それが、車いすレースのことを教えてもらって『ぜひやりたい!』と思い、この世界に飛び込みました」。

 当初は大阪の長居公園で練習をし、トラック競技やマラソンなどのレースに参加。その後は神戸で通信制の高校に通いながら仕事もこなしつつ、競技者として活動した。「初めての一人暮らしでした。海外へも遠征があるので、英会話も習っていましたね」。そして97年、選手として初めてスポンサーがつく。
 「アメリカの航空会社でした。それから徐々にスポンサーが増えました」。神戸で8年間暮らした後、仕事と練習を両立できる環境を整えてくれた大分の企業に就職。「大分は日本で初めて車いすのマラソンを開催した、いわば『国内発祥の地』。その大会がなければ、私も車いすレースの競技者にはなっていなかったと思います」。
 半日は仕事、半日は練習という環境で生活し、5年間ほど勤務した後、2004年に退職。「スポンサー料だけで生活し、遠征などの費用も出せるようになりましたので、完全なプロとして活動を始めました」。それから8年。今年行われるロンドンパラリンピックへ対する思い入れは強い。
 「今まで、パラリンピックでは銀・銅を獲得してきました。また北京では、入賞はしましたがメダルをひとつも獲れませんでした」。車いすのトラック競技には6つの距離(100・200・400・800・1500・5000メートル)があり、マラソンも開催される。それらほとんどのA標準をクリアしている廣道さんは、過去のパラリンピックでは出られる距離すべてに出場してきた。「それを今回は、一番得意な800メートルに照準を絞り、あと1つか2つの距離にも出場して、場馴れしてから(800メートルに)臨もうと考えています」。

 どのスポーツもそうだが、車いすレースでも練習法や技術は上がってきている。「競技者全体のレベルが上がってきていますから、決して甘い世界ではありません。でも、この世界で戦っている以上、自分もレベルを上げて、金を獲ります」。
 現在も大分で生活している廣道さん。家に帰れば奥さんと子どもがふたり。「2歳と、4か月です。これからもプロ選手として最前線で戦っていきたいと思っています。60歳くらいまでは第一線でいたいですね」。プロの道を離れても、新たな目標に向かって走りたいと考えている。
 「今もそうですが、これからも毎日全力で生きていきたい。全力で生きていける目標を常に持っていたいんです。いつまでも目標を追いかけて、全力で生きる姿を、子どもたちに見せたいんです」。

 自分のため、そして家族のため。廣道さんはロンドンで、表彰台の一番高いところだけを目指している。

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