女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ディーバ(大女優)」

2012年5月1日

特集 ディーバ(大女優)1 イングリッド・バーグマン 別 離 (1939年 恋愛映画)

Pocket
LINEで送る

監督 グレゴリー・ラトフ
出演 イングリッド・バーグマン/レスリー・ハワード

満帆の風 

 人の第一印象というのはあまり変わらないものなのかもしれない。18歳のイングリッド・バーグマンがスウェーデン王立劇場のオーディションを受けたとき、審査員がひとつも自分の方をみてくれず、おしゃべりにひそひそ余念がなく、相手にしてもらえなかったと涙ぐんで帰途についた。後日なぜ自分は合格したのか、審査員の一人にきいた「君はメス虎のように堂々と舞台に飛び出した。これ以上テストするのは無駄だ、次に進もうと話しあったのだ」▼バーグマンに「メス虎」の本性をみてとった審査員は炯眼だった。彼女がハリウッド入りした第一作が「別離」だったが、これはスウェーデン映画「間奏曲」のリメイクだ。ロサンゼルス・デイリーニュースの記者が「間奏曲のバーグマンを今のうちにひきぬかなかったら、ハリウッドはスウェーデン映画に敗北を喫する」と大胆な記事を書いた。帝王セルズニック(プロデューサー)がその記事を読んだかどうか知らない。でもたちまちバーグマンが招聘されたのは事実だ▼セルズニックの要求は、イングリッドという名前は発音しにくいから名前を変えてくれ、眉が濃すぎるし歯並びを矯正してくれ、だった。バーグマンは「生まれたときからの名前を変えるつもりはありません、お国のみなさんに発音を覚えてもらってください。あなたは間奏曲をみてわたしが気にいったのに、実物にあったとたんあらゆることを変えさせようとする。それならこの映画にはでません、この話はもうよしましょう」なぜあんなことがいえたのか今でもわからない、たぶん23歳という若さのせいだったのだろうと彼女は言っているが、そんなことはない。単純明快な直情径行は死ぬまで変らなかった▼バーグマンは21歳で結婚した。夫ペッターは歯科医で30歳。スキーやテニスや登山や、アウトドアの好きな健康でハンサムな、長身の男性で渡米するときは娘が一人いた。バーグマンは仕事好きで熱心だが、あくせくした性格ではなかったのだと思える。家庭は円満でスウェーデン映画界で成功していた。ペッターが反対したら渡米しなかっただろう。彼は協力的で、こどもの世話は母親がみるとイングリッドを安心させ積極的に送り出した。運命はどこでなにを準備しているのかわからない。ロサンゼルス・デイリーニュースの記者と夫ペッターが、女優イングリッド・バーグマンを世界に送り出したことになる▼セルズニックという辣腕のプロデューサーは、マレーネ・ディートリッヒやグレタ・ガルボという外国人女優とバーグマンはまったく異なる資質を持っていると判断した。ハリウッドで成功していた先輩外国人女優とどこがちがうのか。断定はできないが、おそらくバーグマンは同性に好かれたのだと思う。というのもセルズニックの奥さんであるアイリーンが彼女を気にいり、ろくに英語も話せないのに疲れも知らず街を探索する、ものおじしない若い女性を放っておけなかった、というより放っておけない可愛げがバーグマンにあったのだろう。アイリーンの存在と発言力は大きかった。彼女は公私にわたりバーグマンの面倒をみて、仕事の相談もこのさき生じる私生活のトラブルでも、バーグマンを支える終生の親友となった▼ストーリーはありふれた三角関係だ。世界的なヴァイオリニスト、ホルガー(レスリー・ハワード)に恋した、若くて才能のあるピアノ教師アニタ(イングリッド・バーグマン)は、ホルガーの伴奏者として演奏旅行をともにし、師弟の枠を超えて愛しあうようになるが、ホルダーは家庭を捨てられず、アニタは伴奏者で終わるつもりはない、奨学金試験に受かったアニタはピアニストとして大成するべく、ホルガーと別れる「わたしはしょせんあなたの人生の間奏曲だったのね」である。この「間奏曲」という台詞は「さよならをもう一度」でアンソニー・パーキンスによってくりかえされる。それはともあれ、終始ホルダーの影が薄いのだ…バーグマンのピアノ演奏はダイナミックだ。本番では吹き替えになっているのだろうが、とにかく自分で弾いている。しかしなあ。伴奏のピアノのほうがヴァイオリンの主旋律より強いのですよ。編集の音入れで何とかしてやればよかったのに▼1939年の「別離」から1949年の「山羊座のもとに」まで、バーグマンは18本の映画と舞台に出演する。女性たちが「きょうはバーグマンの出ていない映画に行った」というようになるのもこのころだ。監督にはジョージ・キューカーがいた。ヴィクター・フレミングがいた。共演者にはハンフリー・ボガードがいた、グレゴリー・ペックと、ゲーリー・クーパーがいた。ヒッチコックとケーリー・グラントとの友情は死ぬまで続いた。オスカー主演女優賞にも輝いた。バーグマンは健康で明るく努力家で意欲に満ち、ディーバ(大女優)としての航海に、満帆の風を受けていることをだれも疑っていなかった。

Pocket
LINEで送る