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特集「ディーバ(大女優)」

2012年5月10日

特集 ディーバ(大女優)1 イングリッド・バーグマン オリエント急行殺人事件 (1974年 ミステリー映画)

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監督 シドニー・ルメット
出演 後述

バーグマン不満を言う 

 ルメット監督がバーグマンにオファしたのはロシア貴婦人・ドラゴミノフ侯爵夫人だったが、自分がやりたいのはちょっと間抜けな乳母の役だとバーグマンは不満を示した。ご承知のように「オリエント急行殺人事件」はメガスター総出演映画だ。海千山千の強者に囲まれたときはどう処するべきか。一流の俳優とは必ず最高の演技をアピールする自分の術を知っている。ルメットはハッキリ言っている「つまらない役はない、つまらない俳優がいるだけだ」この式でいえば、バーグマンはおそらく12人の主演のなかで最もつまらないと思える役柄をあえて選び、つまらない俳優でないことを示して、まんまとオスカー助演女優賞をさらってしまったのだ。これには前段がある。5年前の「サボテンの花」の大ヒットで、バーグマンは自分の「ボケ役」に手応えをつかんでいた。並み居る12人のメガ俳優を向こうに回して、バーグマンがひいた「必勝」のカードが「間抜けな乳母」だったのだ。ルメットはどうしてもバーグマンがほしかった。彼女が望むならポワロでもやらせたという、バーグマンのスキルへの信頼がわかる気がする▼そのちょっとおかしな乳母を、バーグマンがじつに楽しく演じている。大柄な体躯をすぼめるような猫背にして、初老のカチコチの宣教師を演じ、素人が聞いても首をかしげる英語を大真面目にしゃべる。おどおどと上目遣いでツバを飲み込み、飲み込み、ヘンチクリンな英語で、でもしっかりと「寄付金を出してくれ」と図々しく、一生懸命しゃべるのだ▼「オリエント急行」が公開されたとき、映画館の周りをとりまく入場待ちの行列が一日続き、観客は席について映画が始まり、自分のひいきのスターのクレジットがでると拍手した。バーグマンのファンは、彼女が登場するシーンになると、おかしな乳母の熱演に拍手と笑いで応えたのではないか。プロデューサーの一人は「カサブランカ」を見てバーグマンに恋し、セットに現れた彼女にひざがふるえたほどの大ファンだった。撮影はほとんどロンドンの撮影所で行われた。チャールズ皇太子が見学にくるほどの話題となった▼「走る豪華ホテル」という、限定された狭い空間をルメットは最大限利用し、絢爛豪華な映画の世界に装いをこらした。アガサ・クリスティのミステリーのなかでも代表作である「オリエント急行」に、監督は映画の華やかさと楽しさを詰め込んだ。シドニー・ルメットとは「十二人の怒れる男」で新基軸をうちたてた、ニューヨークを拠点にする都会的で社会派の監督である。エンタテイメントに手をだして失敗し、それみたことかと言われたくない意地もあっただろう。並々ならぬ気合だった▼ルメットの盟友ショーン・コネリーはルメットの特徴を「段取りの達人」と評している。その達人がすべてを計算しつくした万全の準備で、さぞ扱いにくい役者もいたにちがいない撮影にのぞんだ。掛け持ちで舞台の仕事をかかえていた忙しい俳優たちは、スムースに進む撮影のおかげでだれも文句をいわず、現場は楽しい雰囲気になった。シリアスな映画作家だったルメットは「オリエント急行」で明るい陽気な映画に開眼した▼まずファーストシーンが楽しい。俳優が順次現れる登場の仕方に、役の性格が巧みにおりこまれている。たとえばローレン・バコール。帽子を斜めにかぶりホームの向こうに姿を現す。遠景にポツンといるそれだけで風格がただよう。ここでもバーグマンはファンを楽しませてくれる。列車の車両に入ろうとするがドンくさくてはしごが上がれない、何度も足をすべらし手すりにしがみつき、長い脚とお尻がひっかかるみたいにして、やっと這い上がるのだ▼「シネマ365日」9月21日付け「オリエント急行殺人事件」では粗筋は省いていたので簡単に書いておこう。イスタンブール初大陸横断鉄道に乗車したポアロは、裕福なアメリカ人から事件の依頼を受けるが断る。雪で列車が立ち往生した翌朝、アメリカ人は死体で発見された。死体には12の刺し傷があった。ポアロは調査に乗り出す。数年前にさかのぼる誘拐殺人事件が背景にあった。赤ん坊がさらわれ死体で発見、両親や関係者5人が巻き込まれて命を断っていた。犯人はカセッティとなのる人物で、それこそがアメリカ人の前身だった。乗客全員には完璧なアリバイがあった▼事件の結末より登場人物と配役を記そう。関連を想像してくれるほうがきっと面白い。ポアロ(アルバート・フィニー。事件解決シーンでは8ページに及ぶ台詞の独演となった。そのおかげ、ではないだろうがオスカー主演賞にノミネート)。ラチェット(アメリカ人。リチャード・ウィドマーク。全員の配役にあうのが楽しみでオファを受けた)。マックイーン(アメリカ人の秘書、アンソニー・パーキンス。マザコンの青年)。べドウズ(アメリカ人の執事。ジョン・ギールグッド)。アーバスノット大佐(殺された幼女の父の親友。ショーン・コネリー)。デベナム(女教師。大佐の恋人。バネッサ・レッドグレーブ)。ドラゴミノフ公爵夫人(ウェンディ・ヒラー)。ヒルデガルド(公爵夫人のメイド)。ハリエット(謎の中年のアメリカ女性。ローレン・バコール)。グレタ(バーグマン。宣教師)。ルドルフ(ハンガリーの外交官)。エレナ(ルドルフ夫人、ジャクリーン・ビセット)。サイラス(探偵)。ミシェル(車掌)。ことほどさように映画の夢をいっぱいのせて発車した「オリエント急行殺人事件」である。しかし撮影に入る直前バーグマンはガンの告知を受けていた。

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