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シネマ365日

2012年5月17日

狂 恋 (1947年 恋愛映画)

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監督 ジョルジュ・ラコンブ
出演 マレーネ・ディートリッヒ/ジャン・ギャバン

ジャン・ギャバンの男の喪失感 

 ブランショー(M・ディートリッヒ)は田舎に流れ着いた未亡人。家が零落しパリで娼婦もし、今は叔父が営む店で小鳥を売っている。田舎町が退屈でたまらない。気晴らしにでかけたボクシングの試合で隣に席を見つけてくれたのが、建築家のマルチン(J・ギャバン)だった。自分を興味深げにみるマルチンにブランショーはきく「幸福ってなに?」こんなことをいきなり言う女にマルチンは「さあ。おれに聞かれても」と実直に答える▼第二次大戦中、ギャバンはナチスドイツ占領下のフランスを離れアメリカに逃れた。ユニバーサルで「夜霧の港」などを撮り、ディートリッヒとめぐりあった。二人は相思相愛になる。アメリカが好きになれなかったギャバンはフランス海軍に志願しパリ解放のときは戦車隊長だった。ディートリッヒは米軍戦士の慰問にヨーロッパ、ロシア各地をまわり、終戦はパリで迎えた。二人がフランスで撮った初めての共演作が「狂恋」だ▼どちらも気性が激しく「あばずれ」「カラッポの頭」とケンカはいつも派手だったが「本気で争ったことは一度もなかった」(ディートリッヒ「自伝」)ギャバンを回想するディートリッヒの視線は冷静でやさしく辛辣だ「私は彼を庇護するために生きていた。彼はそれに気がつかなかった。彼は私を対等と見なしていたが、対等だったことは一度もなかった。私は彼を自分の子供のように愛した」(同)。こうなると「女の中の女」である。しかしギャバンより強く彼女の関心を奪ったのは娘マリアの産んだ孫だった。ギャバンとはだんだん疎遠になっていく。ディートリッヒに「男の中の男」といわせたギャバンも孫には勝てなかった▼「狂恋」の英語版原題は「二階の女」だ。階段を女が降りてくる。というより脚が降りてくる。ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督が100万ドルの保険をかけた脚である。マルチンは「人生単純明快がいいぜ」というあっさりした男で「おれはこの手で石をさわるだけで幸せだ。石って温かいぜ」そんな仕事好きで甲斐性のある男だ。女に別荘を建ててやる。田舎町でとにかく目立つブランショーに男も女も耳目をそばだてる。二人の仲は町中のうわさ。ブランショーに反発する妻たちの差金で、マルチンは入札からもれる、仕事が減る、資金繰りが苦しくなり手形を遅らせる、素材の質を落としたために事故が発生し、作業員が死ぬ▼マルチンの人生は暗転していく。ブランショーには結婚話がもちあがる。外交官だ。マルチンのことを「建築屋だ。田舎者だ。君がつきあうのは自由だが社交界で汚れた爪は困る。安酒とモルタルの臭いがする」ブランショーは黙っていない。あなたよりマルチンのほうが千倍もいい男だとタンカをきって別れる。しかし嫉妬に狂ったマルチンには女の真情がわからない。怒りにまかせ往復ビンタのあげく首を絞め上げる▼ブランショーを失ったあとのジャン・ギャバンの喪失感がいい。狂っていようとなんだろうと、自分に幸福をもたらしたのはまぎれもなくブランショーだった。猛禽みたいな女を好きになったのだから仕方ないじゃないか。ブランショーを愛していた青年が、自分を殺そうと付け狙っているのを知ったマルチンは、部屋の灯りをつけ窓をあけ、的をはずすことがないように、窓際に大きな背中を向けて立つ。「幸福ってなに」という女の質問に今なら答えられる。

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