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シネマ365日

2012年5月20日

暗くなるまでこの恋を (1969年 サスペンス映画)

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監督 フランソワ・トリュフォー
出演 ジャン・ポール・ベルモンド/カトリーヌ・ドヌーブ

怪物のような女

 1940年代のはじめごろからアメリカ映画は、それまでとは作風を異にする新しいタイプの犯罪映画(フィルム・ノワール)をつぎつぎ製作していった。「マルタの鷹」(1941)から「黒い繭」(1958)の期間をフィルム・ノワールの時代とする説がおおかただ。特色のひとつは女性が犯罪の中心的な、不可欠な存在であること▼背景には戦争と戦後の不況が女性を一時的にも家から社会に押し出したことがある。彼女らは男への献身以上に自分自身に強い関心を持ち、それまでは添え物のヒロインであった存在から強烈に自己主張する、といえばもっともらしいが、自己主張する女を犯罪というシーンに納めざるを得なかった、悪女に仕立てざるを得なかったのはやはり父権社会の考え方だ、おおむねそういうことをアン・カプランは「フィルム・ノワールの女たち」(水田宗子訳、田畑書店)であげ、さらに「重要なことはフィルム・ノワールが女の性的魅力と野心、その活動性を結びつけてファム・ファタールというタイプを創造したことだ」と指摘した▼ファム・ファタール(宿命の女)を演じて何人の大女優が生まれただろう。ベティ・デイビス、マリーネ・ディートリッヒ、リタ・ヘイワード、ラナ・ターナー、ジョン・クロフォード、ジャンヌ・モロー、シモーヌ・シニョレ、シド・チャリシー、ブリジッド・バルドー、ローレン・バコール。まさに怪物のような女たちである▼ドヌーブはあまり役柄のより好みをしない女優だと思うが「暗くなるまでこの恋を」では、大女優たちが映画史に刻印したファム・ファタールに挑んだ。お嬢さんっぽくてきれいで、すごみがちょっと足りんぶん、ヌードで頑張ったといおうか。騙され、裏切られ地位も財産もなくし、挙句のはてには殺人まで犯すタバコ工場の青年経営者にジャン・ポール・ベルモンド。破滅の原因をつくる、刑務所を往復している札付きの女にドヌーブが扮する▼男の純愛に泣きながら、金がなくなると地金をみせる卑しい女を演じ、自分が殺されようとしているのにそれを許すベルモンドの無償の愛に、最後は本当に感動し警察の追跡を逃れ二人で生きのびようとドヌーブは誓う。この決心いつまで続くだろう、とつい思ってしまうほど、あんまりドヌーブに現実感がないのだけれど。トリュフォーは冒頭J・ルノワールに献辞を呈しているように、吹雪の国境を森に消えていくラストは「大いなる幻影」のオマージュだ。二人が映画館から出てくるシーンにある看板はニコラス・レイの「大砂塵」。アメリカそれもハリウッドが好きなトリュフォーの、特に大好きな映画である。たとえ犯罪者であれしっかり者の女と、その影響を受けるのが好きな男の構図は、本来トリュフォー映画の基本構図であろう。

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