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シネマ365日

2012年5月21日

永遠の語らい (2004年 事実に基づいた映画)

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監督 マノエル・ド・オリヴィエラ
出演 レオノール・シルヴィエラ/カトリーヌ・ドヌーブ/ステファニ・サンドレッリ/イレーネ・パパス

95歳の脳天さか落し

 事実に基づいた映画としたのは2001年9・11がなければ、オリヴィエラ監督はこういう映画をとらなかったというのがおおかたの見方だからだ。リスボン大学の歴史学の教授ローザ(レオノール・シルヴィエラ)は娘をつれて夫のまつインドへ、ジブラルタル海峡のモロッコ側・セウタから船で向かう。あえて船で行くのは、航海の途上世界の歴史をその目で娘とみたいからだ▼フランス、イタリア、ギリシャ、トルコ、エジプト…ポンペイ、アクロポリス、ピラミッド、目をみはる豪華な世界遺産を歴史学教授のガイドで聞く、あるいは現地で博学なメイドに巡りあうという設定で映画は進む。監督がこのとき95歳・ヨーロッパ映画の生きる歴史といわれるオリヴィエラでなかったら、ただの観光案内映画もしくは「ご当地映画」と思ったでしょうね。それと趣を異にするのは、ローザの娘に語る文化遺産の内容が史実だけでなく、ギリシャ・ローマ神話を織りまぜた詩想あふれる豊かさを含むことだ。オリヴィエラはさりげなくこれら高度な文明を築いたヨーロッパの風土を、観客にも巡らせるのである▼だから現地ロケのスフィンクスやピラミッドや、ポンペイの遺跡やアテネの神殿を、贅沢な観光客になった気分で楽しめる。船内ではとびきりゴージャスな食卓が用意される。一つのテーブルにフランスの女性経営者デルフィーヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)、イタリア人の元モデル、フランチェスカ(ステファニ・サンドレッリ)、ギリシャ人の女優、ヘレナ(イレーネ・パパス)、アメリカ人の船長(ジョン・マルコヴィッチ)がいて、船長は母娘を招待する。そのテーブルでは各人が母国語を話し、それを全員がしっかりと相手側の言語で受け答えする、知性と国際色あふれる4カ国語ディナーの饗宴なのだ。ここでも地中海文化とヨーロッパの文化のハイレベルな融合が示される▼テレビのワイドショーとは縁のない知的な会食のさなか、テロリストが船内に時限爆弾を仕掛けた、という報告が入る。船長は全員下船を緊急指示する。救命具をつけた乗客たちが救命ボートに乗り移る。そのとき人形を船室に忘れた娘がとりに戻る。母親もいっしょにいく。甲板に出ると船にあるだけのボートはすでに母船を離れていた。取り残された親子。「船長、まだ二人船に残っています」船長「ボートを引き返せ」「もう間に合いません」船長は「ジャンプ、ジャンプ」(海に飛び込め)と叫び夢中で身振りで教える▼そのときだ。轟音とともに船は爆破されるのである。助けを求める母娘を甲板に残したまま。数分前の幸福と充実と平安が吹っ飛ばされる唐突と残酷。9・11そのものだろう。古代ギリシャにはじまりローマ帝国の建国、長い中世の夜明けを告げるルネッサンスの息吹、産業革命。世界の文明にさきがけて民主主義を実らせ、科学技術をリードしてきたヨーロッパ。異なる言語、ことなる文化を同じテーブルで語り合う豊かな知性を育んできた知的世界。9・11はそのヨーロッパの失墜、さらにいえば西洋の没落を意味していた…▼オリヴィエラ監督のラストはまるで映画史における脳天逆落しである。記録として、ドキュメントとして、あるいはニュースとして数えられないほど、アメリカの衝撃をとらえたことはあっても、だれもこんな、考え付きもしなかった優雅な手法で「9・11」を象徴したクリエイターがいただろうか。95歳でよくこんな荒業をやるよ。怖いものはもうなにもないからできた?

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