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トピックス

2012年5月10日

ウーマンライフ 2012母の日エッセイコンテスト 全応募作品を公開!(4)

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2012年5月13日 母の日
ウーマンライフ 母の日エッセイコンテスト

 ウーマンライフ母の日エッセイコンテストに多数のご応募をいただき、誠にありがとうございました。
 11歳から80代までの読者の皆様から寄せられた、全作品を公開致します。
(受賞作品以外は順不同・敬称略)

HIRO(ペンネーム)
奈良県北葛城郡上牧町

母さん、いつも色々と有難う。母さんのお陰で、姉ちゃんの家族も僕の家族も幸せな毎日を送らせて貰っています。
 小さい頃から体が弱く、小学校低学年の頃に発熱した僕を背負って1キロ先の医院に連れていってくれたり、高校入試の試験日前日にサッカーをして利き腕の手首を折った、どんくさい僕に一言も怒らず、病院に連れて行ってくれましたね。
 また、何事もやりたいと思ったことは反対せずに自分で決めてやりなさいと言ってくれていましたね。時には反抗的な態度をとったり、えらそうなことをいったりして、ごめん。
 50歳近くになった僕が、今頃気づくのが遅いかもしれないですが、親の苦労、母さんの苦労を3人の子供の父親となり、最近、分かってきたような気がします。
 父さん、婆ちゃんが亡くなり、もうすぐ9年になるね。これからも元気でいて下さいね。そして、また、一緒にりんご狩り、旅行に行きましょう。




石井 紀子
奈良県大和郡山市下三橋町

編み物と母
 私が小学生の頃、母はいつも編み機の前に座っていました。編み機のハンドルを動かして一目また一目と編んでいきます。私のセーターもスカートもカーディガンも全て母の手作りでした。
 でも、あの頃は少しも有難くなく、私は洋品店で売っているかわいい服の方が好きでした。母に憎まれ口を言っては、母を怒らせていました。だって、分厚い毛糸のパンツなんてちっとも素敵じゃないし、ボンボンのついた帽子なんて誰もかぶっていませんしね。
 それが最近は若い子たちは毛糸のパンツを穿くし、帽子も冬の定番で、母の編み物もようやく流行に乗り、私も有難さがわかる年齢になりました。
 母は今九十一歳です。
 今度は若く見えるオレンジのベストを作ってね!お母さん!」



増田 昭子
奈良県奈良市八条

母へ
 昭和五十八年二月十八日、前夜からチラチラと降りかけた雪が 道や庭をうっすらと白く化粧した朝、貴女は七十三才で亡くなった。
頭の中が真っ白になり 表の道行く知らない人に
「あのね 母が亡くなったんです」「亡くなったんですヨ」と声をかけたくなるのを 必死でこらえた記憶がある。言えば誰かが助けてくれるのではないか・・・・と思っていたような気がする。
 就職の時も結婚の時も 反対を押し切り 我がままを通した親不孝者の私だった・・・・
何の親孝行もしないままに逝った。
 遠い実家の義姉にばかり面倒をかけていた。五才と八才の子をかかえ
何も出来なかった私は「ここまで生きたんだから マァいっか!」なんて思っていた。
でも お母さんの亡くなった年迄、あと三年しかない今の私。二人の可愛い孫に「おばあちゃん」と慕われ幸せいっぱいのこの頃、貴女の事を思うともっと生きていてほしかった。
今なら看病も出来たのに・・・・とつくづく思うのです。
「お母ちゃん ごめんネ・・・・そして ありがとう!」

『親孝行したい時には親はなし』
昔の人はうまい事言いますねぇ!

さようなら 
昭子



ウーマンライフ 母の日エッセイコンテスト2012
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