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トピックス

2012年5月10日

ウーマンライフ 2012母の日エッセイコンテスト 全応募作品を公開!(7)

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2012年5月13日 母の日
ウーマンライフ 母の日エッセイコンテスト

 ウーマンライフ母の日エッセイコンテストに多数のご応募をいただき、誠にありがとうございました。
 11歳から80代までの読者の皆様から寄せられた、全作品を公開致します。
(受賞作品以外は順不同・敬称略)

森 昌子
大阪府八尾市太田

 第二次世界大戦中の昭和19年2月、母は24才の同い年の父と縁あって結婚しました。昭和20年3月の大阪大空襲に家を焼き出された、祖父母、叔父、叔母4人が新婚家庭の小さな長屋に流れ込みました。乳児を含め7人の大世帯です。夫婦、親子、兄妹、子供のケンカも頻繁です。あと二人の子供にも恵まれ9人です。テンヤワンヤのくらしにもかかわらず、時代の流れと受け止めいたのか8年間過しました。
 「NHK朝ドラの梅ちゃん先生」を見て戦後の様子が解ります。お風呂も無く盥で洗濯、冬になれば洗濯物がバリバリになりアンカのコタツに入れて乾かします。寒い家、寒い便所、自転車に乗れない母はぐちも言わずもくもく生活していました。今年93才です。耳と足が悪くなっています。夫の浮気も何回か有り4人の子供がかわいそうだと言って離婚もとどまりました。
 結婚する若い二人には、お祝いの言葉として「根性、根性ですよ」と送っています。明治生まれの祖母、勝手な夫に仕え、長生きさせてもらっています。




後藤 惠子
奈良県生駒市小瀬町

「母へのメッセージ」
 春が巡って来ると、貴女を思い出します。草木が芽吹き始め、自然界の全ての生き物が躍動し始めるからでしょうか。もし仮に人間の命が甦る事が出来るとしたら、それは“春”。貴女が天上界に逝ってしまってから、十二年目の春ですね、お母さん。
 婚期を失いつつある私の娘を、貴女は心配していましたが、御縁があって結婚しました。そして三年目の春、桜の花の咲く頃に娘は女の子を出産しました。私と夫は、遅まきながらこの腕に孫を抱くことが出来ました。幸せです。今、孫は二歳。拙い言葉でお喋りをします。命の不思議を感じます。貴女が生きていたら、どんなに喜んだかしれません。「可愛いね」と形相をくずし、幼子を見守る貴女の満面の笑顔を想像します。
 春です。貴女が草花を愛したように、私も豪華な花よりも草花が一番好きです。庭の草花を手入れしつつ、貴女を偲んでいます。
 もうじき、母の日がやって来ます。




松田 淳二
大阪府豊中市新千里西町

愛しき叫び
 「……!」。Aさんが、突然窓の外に向かって子供の名前を叫び出した。駆けてきた看護婦が処置を施すと、翌朝まで眠り続けたが、家族に連れられ帰宅して行った。その時小学生だった私は親元を離れて、何故か婦人病室に入院させられていた。Aさんは、そんな私を可愛がってくれる優しい人だっただけに、この光景は忌わしい思いとして強烈に子供心に焼きついた。
丁度その頃、四十七歳の母も白血病で大学病院へ入院していた。今思うと、七人の子持ちの農家の主婦として、ゆっくりと入院等できる精神状態ではなかったはずである。一年半後、暑い夏の日にやせ衰えて死んでいったが、もう五十年以上前のことになる。
 親となり母の年を遥かに越えた私には、あの日夕暮れの病室で聞いたAさんの狂気の叫び声は、母の声にも重なるのである。
今では、私の心にトゲのように刺さっていたあの声も、いつしか小さな玉のようなものとなり、ときおり胸の奥底で愛しい光を静かに放っている。七月二日、五十二年目の命日を迎える母に、心の中で赤いカーネーションを捧げたいと思う。

 セピア色の 愛しき母の 叫びあり



ウーマンライフ 母の日エッセイコンテスト2012
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