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2012年5月10日

ウーマンライフ 2012母の日エッセイコンテスト 全応募作品を公開!(8)

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2012年5月13日 母の日
ウーマンライフ 母の日エッセイコンテスト

 ウーマンライフ母の日エッセイコンテストに多数のご応募をいただき、誠にありがとうございました。
 11歳から80代までの読者の皆様から寄せられた、全作品を公開致します。
(受賞作品以外は順不同・敬称略)

吉岡 浩子
奈良県大和郡山市九条町

永遠の身長差
私と母との身長差は一センチ。高校生あたりから、私の身長は母を追い越し、ずっとこの差は続いてきた。
ある日のこと。台所に母と立った時に奇妙なことに気づいた。母との身長差がいつも以上に感じられるのだ。
「・・・背縮んだんと違う?」と母を見れば、母は「そうか?」と。背くらべをすると、その差は二センチ。少し前まで差は一センチだったのに。
「そういえば、先週腰痛めたなあ。それが原因で縮んだんと違うか」とあっけらかんに言う母に、私は少なからずショックを受けた。年を取れば、背は縮むものだが自分の母がそうなるとは思いたくなかった。たかが一センチ。だけど、母の老いを見せつけられたようで何とも言えない気持ちになった。けれど、私がどう思おうがこれからも母と私の身長差は開いていくだろう。だけど、どんなに身長差ができても、色んな意味で母を追い越せない気がする。それは、母と娘の永遠の身長差なのかもしれない。



村田 富美子
奈良県大和郡山市筒井町

 明治の母は強かった。家付きの姑に仕え田畑山の監理、自給自足に精出した。時に果物の木の接ぎ木をしたり先達から学ぶ研究心もあった。そんな或る日、幼い私が無理難題を言ったのか小さい身体で泣き叫ぶ私を背負い裏の田の小屋にしばり付けた。祖母はいきなり母を叱り私を連れ戻した。今想えば母こそ娘の将来を想い反省させようとしたのだろう。それでも嫁姑の口喧嘩はなかった。心中は悶々の日々だったと想う。幼い私は母は厳しい人、祖母は優しい人と思っていた。今想えば母こそ真の愛、祖母は只の溺愛と言う事だ。女学校へ進学、担任から全校生の前で発表する機会を与えられた。八百人位の生徒の起立、着席の礼、困惑していた。母は「かぼちゃ畑にかぼちゃが転がってる思ってやりや」と励ましてくれた。成人して教師となったが親孝行せず。逝って六十余年、未曽有の敗戦、医療も受けず旅だった。さぞ無念だったでしょう。孫の顔も見ず五十六才であった。老い募る日々亡母を想いこの手紙を天国へ届けたい。精一杯生きたよと。




樽谷 けい子
大阪府貝塚市北町

 八十五歳の母は軽い糖尿以外は大きな病気もせず、日々元気に暮らしています。去年の朝顔の咲き始める頃、窓の外を眺めながらポツリと言ったその母の一言に、わたしは『ハッ』としました。
『今年も誕生日も母の日も一人ぼっちやったなあ』
と、わたし大反省です。なんて薄情な娘なのかと自分自身を叱りました。以前は気を付けていた頃も有ったのですが、母がお互い、いそがしいんやから気を使わなくてもいいよと言ってくれたので、それ以来お座成りになっていました。
 私は六十一歳です。
私の子供達は毎年母の日はプレゼントや食事に連れて行ってくれたり、楽しい事をいろいろしてくれています。とっても嬉しいし、有り難いです。
私が子供の頃は父が病気だったので弟と私をがんばって、頑張って育ててくれた母。いろいろ有りがとうございました。
今年からは母の日も誕生日も共に過ごし、お互いの心に残る一ページを作っていきたいと思います。先ずは、今年の母の日に向けて計画をしています。そして、気持ち良く協力してくれる主人にも感謝です。
『お母さん本当にありがとう。長生きして下さい。これからもよろしくお願いします 娘より』



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