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特集「ディーバ(大女優)」

2012年6月7日

特集 ディーバ(大女優) 悪女の元祖 ベティ・デイビス ヴァージン・クイーン (1955年 歴史映画)

監督 ヘンリー・コスタ
出演 ベティ・デイビス/リチャード・トッド

二作目のエリザベス

 「ヴァージン・クイーン」に先立つ16年前、ベティ・デイビスは31歳でエリザベス女王を演じている。1939年の「女王エリザベス」だ。無敵艦隊を退け日の出の勢いのイングランドを率いる女王と、寵臣エセックス伯との王権の争いの時代であるから、エリザベス女王の晩年近い事件である。だから少なくとも女王は60代、デイビスは当時ものすごい老け役に挑んだわけだ▼在位45年間の間には寵臣もおれば佞臣もいた。王権争いもないほうがおかしい。そのいっぽうで国益の確保という統治者最大の責任をどうエリザベスは果たしたのか。ひとつは戦争。ひとつは結婚。女王は独身だったから自身の結婚ではなく、人の結婚を操作して国益のテコとした。「ヴァージン・クイーン」にはこれまた寵臣ウォルター・ローリー(リチャード・トッド)が登場する。彼は「巨万の富をイギリスにもたらします」女王が歓喜する経済政策を訴える。エリザベスという女王は、とくにこの映画では歩く傲慢のように描かれているが、遠謀深慮であったにちがいない。彼女は子供のころ、母親は父親によって首をはねられ、自分はロンドン塔に幽閉。いつ斬首されるかわからない娘時代を過ごし、浮世の盛衰や権力の虚しさをイヤというほど知った苦労人である。傲慢ではあっても軽薄だったとは思えない。自分の失政を待ち受けるだれかが、常にどこかにいることを承知したうえの執政だっただろう▼「ヴァージン・クイーン」ではやたらウォルターに甘いが、新大陸から富をもたらす新進営業マンの販売促進アイデアに、社長が期待したのだと思おう。女王は29歳のとき天然痘を患い、髪がぬけ以後はカツラとメイクに頼っていた。この映画でのウォルター卿との出会いは48歳だから当然髪は薄く、ほとんどはげあがっていた。だからエリザベス1世を演じる歴代の女優は額をそりあげて演じている。デイビスも例外ではなく、劇中「これを見よ」と頭巾をとると、それでなくてもオデコなのに「ここまでやるか」ギョッとするタコ頭を露出させるシーンがあってのけぞる。女王はさかんに「老女優は去りゆく」ふう愁嘆をウォルターに訴える。女王ではなく女としてはどうか、とか聞く。そういう普通のセリフをきれいさっぱり忘れ去ったところに、禿げようと狂おうと稀代の英君は存在したのに、エリザベスの弱さと隙を描くことが女王の人間らしさを描くことだと、勘違いする映画はどこまでも失笑ものだろう。エリザベス1世など人間ではなくモンスターだととらえたほうが実像に近いのだ▼ウォルター・ローリーは16世紀、アメリカに植民し、処女王エリザベスにちなんでその地を「ヴァージニア」と名付けた。葉タバコやジャガイモをイギリスに持ち帰ったとされる。女王の死後、内乱罪でロンドン塔に監禁、解放されたのち探検隊を指揮して南米に行くが、スペインの入植地でローリーの部下が行った略奪事件の告発を受け、帰国後斬首刑に処せられた▼「ヴァージン・クイーン」は1950年代の映画だ。デイビスは47歳だった。この時代彼女は決して恵まれていたとはいえない。「ヴァージン・クイーン」も日本で未公開だったところをみると、ヒットは期待できなかったのだろう。しかしエリザベス1世とは、統治者あるいは支配者としてはさておき、女としてみればどう考えても悪女の範疇にいれたほうがおさまりのいい女性ではないか。少なくともデイビスは自分の得意の範疇にエリザベスを引きずり込んだ。エリザベスという人物像に関するイメージも、理解も心理の彫琢も自分なりの見解を深めていたはずである。その自信がなければ31歳のときに演じたエリザベスを47歳で再び引き受けはしないだろう。デイビスの演技のどこにも、怪物のような女に対する困惑がないのだ。デイビスの作品でコスチューム(時代劇)はたぶんこれが最後だったと思うが、紙芝居のような体をなす本作を、晩年の傑作を準備するデイビス中期の佳品にあげたい。デイビス自身「ザ・ロンリー・ライフ」(自伝)で、自分の大好きな作品のひとつとしている。

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