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映画監督特集

2012年7月3日

特集 ルキノ・ヴィスコンティ 熊座の淡き星影 (1965年 推理映画)

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監督 ルキノ・ヴィスコンティ
出演 クラウディア・カルディナーレ/ジャン・ソレル/マイケル・クレイグ

悪魔的なものの兆し

 この映画につきもののソフォクレスの悲劇「エレクトラ」をベースにした、という解説はすっぱり外してしまおう。そんなことをここで繰り返してもひとつも面白くない。ヴィスコンティ自身がこれは推理映画だとしているからそうしたけれど、推理の対象は姉サンドラ(クラウディア・カルディナーレ)と弟ジャンニ(ジャン・ソレル)の間に近親相姦があったかどうかだ。「あった」とするのが当然でしょう。近親相姦というより、それによる家族の崩壊はヴィスコンティの主要主題のひとつで、このあと「異邦人」をはさんで「地獄に堕ちた勇者ども」では、母親と息子の近親相姦を、推理どころかそのものズバリとりあげるのである▼「近親相姦」そのものではなく、それにダシをとった狂気と退廃と逸脱がこの映画の本題だ。ヴィスコンティ作品のテーマでもある、情念によって滅びる人間という性格造形が「近親相姦」というわかりやすい形で提出されたにすぎない。姉弟は地方都市の学者の子女、豪壮な屋敷にひとり留守を守るのは長年仕える家政婦。広い庭、館のなかで迷子になるような邸宅、飾り付けの行き届いた年代ものの家具調度、古代の遺跡や格式ある庭園などヴィスコンティの好みが露出している。上映時間100分というのは彼にとっては短編の部だが、充分にドラマティックだ▼古代エトルリア文明の遺跡を色濃く残すイタリア中部トスカナ、ヴォルテッラにサンドラの実家がある。彼女はアメリカ人の夫アンドリューとともにニューヨークに向かう途中、父の胸像の除幕式参列のため故郷に寄る。地方の名家である広大な屋敷だ。父はナチスの強制収容所で非業の死を遂げた。実家の別荘にはピアニストであり、精神を病む母がいる。母は再婚相手といっしょになるために、共謀して父を密告したとサンドラは信じている▼屋敷に弟のジャンニがひんぱんに戻ってくるのは美術品の売り食いをしているからだ。彼は青春の回想記のような小説を執筆中。そのタイトルが「熊座の淡き星影」だ。そもそも小熊座の北極星ではない、他の六つの淡い星影とは、この影の薄い生活力のない弟にぴったりのイメージなのである。姉にあおうと屋敷に帰省した弟は、義兄に紹介された夜いっしょに飲みに出る。だれもいない古代エトルリアの遺跡である高い城壁の下に行く。風が騒ぎ草むらのざわめきが高い。風は「熊座」の大事なモティーフだ。再会したジャンニとサンドラが庭園で抱擁するときも風が鳴っている。ラストの除幕式も大木は風の音で枝を揺らす。サンドラがでかけるときはたいてい風が吹いている。不安定な精神世界をそのまま映したように、なにかを掻き消そうとしている風を、繰り返しヴィスコンティは映す▼姉の前で半裸になって着替える、暖炉の前で姉の足元に寝そべる、地下貯水池で姉の指から指輪を抜き取る弟。義理の父は幼少時からこの姉弟を忌み嫌った。二人の関係が普通でないと気づいた母は、妄想に苦しむあまり精神を病んだというのだ。サンドラは過去から脱出するためにアメリカ人と結婚しニューヨークに去るが、弟は過去に取り残され脱出するすべがない。姉をアメリカに行かせないために自殺を試み、本当に死んでしまう▼精神分析的な解釈もアドバイスもこの映画では効力を失いそうだ。ヴィスコンティ自身が死を、官能の極限世界ととらえているから口のはさみようがないのだ。登場人物のなかでただ一人健全な常識人であるサンドラの夫が、屋敷にはいるなり不吉な予感がして「帰ろう、帰ろう」と妻を促すのも無理はない。弟は世捨て人というより廃人である。姉はそれに気がついている。弟を呼び返すことができないのは、ヴィスコンティの甘美な官能の世界の価値観をひっくり返さないかぎりできないのと同じだ。かわいそうに弟は姉を恋いながら死ぬ。こういう感性の持ち主を昼ひなか、世間を歩かせるには危険過ぎるし、さしさわりがある、だから主人公は死なせてしまうしかない…ヴィスコンティは業のような存在に結末を与え、姉をニューヨークに去らせる。ヴィスコンティは映画監督であるだけでなくスカラ座を拠点にしたすぐれた舞台監督だった。しかし「熊座の淡き星影」「異邦人」をはさんでふっつりと、映画に全力を集中し前代未聞の大作が続く。いうなれば「熊座の淡き星影」は映画監督ルキノ・ヴィスコンティを決定させた映画のように思える。確かに「山猫」をすでに発表していたが「山猫」に「熊座」の悪魔的なものはない。悪が姿を隠しそこなったとでもいうべき、黒い尻尾が「熊座」には垣間見える。でなければよき妻であり、よき人生の入り口に立っているはずのクラウディア・カルディナーレの双眸を、真っ黒なマスカラでえげつないまでに際立たせたヴィスコンティの魂胆、あれは女に「魔」と「悪」を、そうでなければ「痴」の粉をふりかけたくなったヴィスコンティのメイクの指示にちがいない。

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