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映画監督特集

2012年7月4日

特集 ルキノ・ヴィスコンティ 地獄に堕ちた勇者ども (1969年 社会派映画)

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監督 ルキノ・ヴィスコンティ
出演 ダーク・ボガード/ヘルムート・バーガー/イングリッド・チューリン/ヘルムート・グリーム

狂気の棲息地

 ヴィスコンティはなんのためにこの映画をつくったかを自分でこう言っている「ナチス時代のヨーロッパをいま撮ることが必要だと思った。当時のできごとを批判的に受け止め、人々がずっと忘れないことだ」してみるとこれはヴィスコンティの批判なのだ。肯定でも否定でもなく。そう思うと、マルティン(ヘルムート・ベルガー)が勝利に高揚し第三帝国に敬礼するラストシーンで、ヴィスコンティはヨーロッパの衰退という、地獄の釜の蓋を開けたのだ。ここにはヨーロッパの挽歌が、もっとも挽歌というにはあまりに絢爛としたシンフォニーが奏でられていた▼ヴィスコンティが生涯にわたってバリエーションを加えながら描いてきた主題は「家族の崩壊」と「権力闘争と没落」の悲劇だろう。社会とか時代の混沌のなかで人は生きている。混沌を究極までつきつめると、説明のつかない燐光のようなデカダンスに達する。すべての死体が魂に昇華するときの燃える炎のように。ヴィスコンティの多くの映画に死体が登場するのは、おそらくこの燐光のような、退廃的な美と無関係ではない。本作にも死屍累々と死体が折り重なり、鮮血がしたたるゴヤの絵のような絵画的なシーンがある▼粗筋を一言でいうとドイツの鋼鉄王一族の権力闘争だ。鉄は国家なり、を地でいくエッセンベック家で当主ヨアヒム男爵の誕生パーティーが開かれようとしている。華麗なる一族が祝辞を述べに集まる。遅れてくるのがヨアヒムの甥のアッシェンバッハ(ヘルムート・グリーム)と重役のフリードリッヒ(ダーク・ボガード)。手短にいうと、社長後継争いが水面下で稼働し、アッシェンバッハとフリードリッヒが手を組み、一方ではこれまた甥のコンスタンチンがトップの座を狙っている▼時代に適合するため台頭するナチに協力すべきだというアッシェンバッハとヒトラーに、国を牛耳られてたまるかというバリバリの陸軍突撃隊に与するコンスタンチン、はっきり反ナチズムを標榜する役員のヘルベルト(彼はヨアヒムの姪の婿)。目下のエッセンベック男爵家はこの三派に大別される。権謀術数をめぐらすのがアッシェンバッハだ。金髪のメフィストへレスともいうべき彼は、まず当主のヨアヒムをフリードリッヒに殺させ、つぎはコンスタンチンを(「長いナイフの日」と呼ばれる血の粛清)血祭りにあげ、エッセンベック社の鋼鉄生産力をバックにヒットラー政権下における権力拡大を進める▼登場人物の名前がややこしいので粗筋は最小限に留めるが、アッシェンバッハとともに非情の論理を体現する異彩の人物がマルティンだ。男爵家の直系の後継者でありながら、公務にまったく関心を示さず、祖父の誕生パーティーに女装し、シルクハットに黒いガードルでマレーネ・ディートリッヒの「ローラ」(嘆きの天使・主題歌)を歌う。これがドイツ製鉄業界を統べる跡取りのやることか…苦虫を噛み潰したようなヨアヒムを尻目に自己陶酔。彼が幼女姦におぼれるのは母親ゾフィー(イングリッド・チューリン)がひとつもかまってくれず、愛人ばかりおいかけていたからだと責める。「あなたは私の悪夢だ。私を屈服させようとした。貴女は愛をあの男(母親の愛人がフリードリッヒ)にばかり与えた。お金も工場も家名さえも。今こそあなたを破滅させてやる」そう言ってくるくると裸になり(この全裸がすらりとしたギリシャ彫刻のように美しい)恐怖におののく母親を強姦するのである▼しかし、である。母親がかまってくれなかったからといっていちいち母親と世の男は寝るのか。マルティンという人物はハナから現実感が欠如している。クリエイトするとか、女にでもよい、仕事にでもよいからなにかに深くのめりこむという、現実と生活の感覚がひとつも伝わってこないのである。ヴィスコンティの意図としては、狂気の人物をふんだんに配した地獄絵巻で、ナチスという暗黒時代を再現したのだ。観客がぞっとして、こんなこと二度とあってはたまらないとか、バイオレンスと陰謀と破壊と殺戮が、堂々と正義の名のもとにまかり通った時代とは、世界史上の現実なのだと思い知らせたかったのでしょうね。まともな神経でまともに考える人達は、たとえば反戦平和思想のヘルベルトとその妻とか、コンスタンチンの息子ギュンターとかはゲットーに送られるか強制的に洗脳されるか、早々とスクリーンから退場する▼マルティンが唯一のめりこむのは幼女に対してだ。成熟した大人の女と対等に渡り合う男としての感覚ではないのである。このマルティンがついに自分の磁場をもったのがナチズムだった。狂気は狂気が常態でいられる最適の棲息地を発見したのだ。マルティンの堂々たる制服の美丈夫ぶりをクローズアップしてこの映画は終わる。寒気を覚えなかった観客はいるだろうか。

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