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映画監督特集

2012年7月7日

特集 ルキノ・ヴィスコンティ 家族の肖像 (1974年 家族映画)

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監督 ルキノ・ヴィスコンティ
出演 バート・ランカスター/ヘルムート・バーガー/シルヴァーノ・マンガーノ

ヴィスコンティの家族 

 「家族の団らん」と呼ばれる絵画のジャンルがあって、教授(バート・ランカスター)はその絵の収集家だ。定年で大学を去りローマの広壮なアパルトマンに、一人住まいしている。身の回りの世話は勤続25年の家政婦がする。ある日のこと、団欒図を売り込みにきた画商の絵が気にいったが、税金などの物入りでいまは買えないと断った。ところが画商と同席していた夫人は画商が辞しても去らず、ベランダに出てあたりを検分し、部屋を案内してくれという▼「あなたは何者です」いぶかる教授にビアンカ(シルヴァーノ・マンガーノ)というその女性は、画商とは表で出会っていっしょに部屋に来ただけ、自分はローマで部屋をさがしており、ここの2階は空いている、賃貸契約で1年借りたいと強引に頼みこむ。冗談ではないと教授は断るが押しの強さに負けて承諾する。あっというまにドヤドヤと夫人の娘とその婚約者という男が踏み込んできて、静かだった教授の家はうるさい音楽と床を踏み鳴らす音で眠れなくなる。そこへ第三の男コンラッド(ヘルムート・バーガー)が「ここが僕の家だって?」とか言ってやってくる▼「家族の肖像」はすべてセットで撮影された。限られた狭い空間にヴィスコンティの映画魂が凝結した作品だ。ヴィスコンティは7人兄弟の4番目に生まれた。父親のジュゼッペは数世紀にわたってミラノ公国を支配してきた貴族の血をひき、その父(つまりルキノの祖父)から公爵を世襲し、音楽家として有名なルイジ・エルバの娘カルラと結婚した。ジュゼッペ20歳、カルラ19歳のときだ。7人の子供の、特に男の子は母親の細心な監督のもとで厳しい家庭教育を受けた「起床は冬でも5時半、6時から8時までピアノのレッスン、8時から1時半まで学校。午後邸内での運動と学校の宿題。ルキノの場合は1時間半のチェロの練習。日課の合間をぬって遊びや遊戯が楽しまれ、兄弟姉妹をしっかり結びつけた」ジャンニ・ロンドリーノの「評伝ルキノ・ヴィスコンティ」にはそうある。特に母親への愛情について、ルキノ自身は「母は私たちにとって限りない恵みだった。私と母はひとつの約束をした。もし母に万一のことがあり、そのとき私が遠くにいても母は必ず私を待っていてくれると。私は母の臨終に間にあい、母の口から私の名がもれるのと聞いた」▼超大作「ルートヴィッヒ」のあと脳梗塞で倒れ、危篤に陥ったヴィスコンティが生還したのちの映画が「家族の肖像」だったことは感慨深い。だれでも死の淵をのぞけば自分のそれまでの一生を概観するだろう。教授が「家族の肖像」を収集するのは家族が好きだからだ。彼の回想に美しかった妻や母が現れるのは故なしとしない。無作法な闖入者に対して教授が信じられぬほど寛大であるのも、彼らが家族だと思えば腹はたたない。しかもコンラッドは教授に太刀打ちできる美術史の深い教養がある。話しのあう相手をみつけた教授は年齢差をこえた親近感をコンラッドに持つ。養子にしてもまんざらではないほどだ。寂しい生活に訪れた束の間の華やぎは、コンラッドの爆死で無残に潰える。落胆のあまり教授は寝込んでしまい、2階を歩くなにものかの足音、死が歩く足音を聞く▼ヴィスコンティは自分の死に遭遇し自分の過去と家族を振り返っただろう。母親の追憶だけでも叙情にあふれたものだったにちがいない。ヴィスコンティの考える家とは「静かに快適に好きなものに囲まれて暮らす場所」だった。「家族の肖像」は自伝ではないと彼はことわっている。もちろんそうだろう。彼の複雑で繊細な事物の捉え方にはこんな例がある。「ベニスに死す」の舞台になったベネチアのオテル・デ・バンで脚本を執筆していた時、ミケランジェロ・アントニオーニにルキノがきいた「君なら朝食を用意するトレイになにが乗っていなければならないと考えるかね」アントニオーニが「それは君が一番よく知っているはずだ。君が書くべきだよ」すると「なんと彼が書いたものは12ページにもなった。陶器、トースト、バター入れとナイフ、ママレード、花、銀の食器、そういったものが全部書いてあった。この脚本の場合このような細かい部分まで神経を行き届かせることは絶対必要だ、トレイの上に置くものを間違えたらこの映画は失敗する、とルキノは言ったのだ」(同)▼同じ調子でこう言えただろう「家族の肖像は、記憶の中の細かいところまで神経を行き届かせることが絶対必要だ。記憶のトレイの上に置くものを間違えたらこの映画は絶対失敗する」トレイの上に置くべきものはすべて置かれた。一つ一つの記憶とそれに関連するイメージが呼び起こされ、意匠がほどこされ、あるべき位置に配置されたのである。この映画が終始一貫室内という狭い場所で繰り広げられた劇であることも、映画の密度をあげるための周到な装置だった。かけがえのない過去とその喪失を描くには、濃い密度に閉じ込めた狭い空間が必要だった。人は絶えず過去と未来のなかで揺れ動き現在を往還する。教授の最期は呆気なく物足りない。この意識的につくられた破調と混乱、現実の中に放擲される未完の生こそ、ヴィスコンティ映画のすべてに通じる企みではなかったか。

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