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シネマ365日

2012年7月18日

甘い抱擁 (1968年 社会派映画)

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監督 ロバート・アルドリッチ
出演 ベリル・リード/スザンナ・ヨーク/コーラル・ブラウン

アルドリッチの太刀筋

 「ふるえて眠れ」でもそうだった。モノクロ映画の光と影が微妙に、白と黒の強烈な対比で使われ恐怖が湧き上がってくる、そんなカメラワークがダントツの効果をあげていた。「甘い抱擁」ではこのシーン、アリス(スザンナ・ヨーク)とマーシー(コーラル・ブラウン)のラブシーンだ。息をつめてみつめあう2人の女優の表情が、わずかずつ変化を高め緊張を絞りあげていく。観客は2人の背後のくらやみから、ナイフをふりあげたジョージ(ベリル・リード)が現れるにちがいないと固唾を飲む、今か、今か。その間も女優たちは脂汗をにじませながら凝視をやめない。緊迫で息苦しい。ふと観客は気がつく。セリフがあるわけでもない、音楽があるわけでもない、小道具(たとえばヒッチコックのハサミのような)が映されるわけでもない、スザンナとコーラルのクローズアップに光があたっているだけだ。光と影の密度が異様に高いのだ。2本の映画の撮影はともにジョセフ・パイロック。アルドリッチ映画では「北国の帝王」「ロンゲスト・ヤード」「カリフォルニア・ドールズ」「傷だらけの挽歌」など、代表作のほとんどをいっしょにつくってきた相棒である▼「甘い抱擁」はブロードウェイの舞台劇だ。テレビの人気長寿番組に主演するジョージは、主人公の看護師のおだやかで好人物な性格と大ちがい。独占欲が強くわがままで、振る舞いは粗暴、いうこともすることも品くだる大酒飲みの、漫画的なまでに愚かな女だ。同じ部屋に愛人のアリスが同居している。32歳だが今でも人形を抱いて寝るような幼児性が抜けない。アリスの独占欲と執拗な妄執と束縛に辟易しているが、部屋をでて行く宛がないから仕方なく居ついている、はかなげな女である▼昼間から酒を飲んで酔っ払ったジョージは、止まっていたタクシーに割り込み乗車、乗っていた尼さん2人の間にすわり酒の勢いで抱きつくかキスするか、スクリーンには映らないが女性にあるまじき狼藉に及んだのだろう、その筋の宗教関係からテレビ局に抗議文が届く。リハーサルをすっぽかす、上司の指示に従わないなど、失態と蛮行が目立っていたジョージはていよく劇中事故死となり、番組から降板、怒り狂ってさらにやけ酒に走る。アリスはうんざりしながらジョージに泣きつかれ、かきくどかれるとつい情がわいてベッドをともにする▼ベリル・リードはセリフのひとつひとつに唇をつきだし、歯を剥き、行儀も礼儀もわきまえぬ女優を、誇張をともなった迫力で演じる。受けるスザンナ・ヨークは少女期の傷が癒されず、ジョージの部屋を世間からの隠れ家のようにして生きている。ジョージは身寄りのないアリスの孤独につけこみ、保護者然として朝から晩まで支配することをやめない。アリスはボーイフレンドとお茶を飲みにいくこともできない▼ジョージの降板を言い渡しに来たテレビ局のディレクター、マーシーはジョージの部屋でアリスに会う。ビビビである。アリスが詩を書いていると知ってそれを読み、いいできだとほめる。ジョージの異常な干渉のなかで暮らしてきたアリスは、理知的なマーシーに新鮮なものを感じる。彼女は詩も理解してくれる。アリスの変化を動物的な臭覚でジョージはかぎとる。アリスはジョージの部屋をでる決心をし、ベッドに衣類を広げて荷物をまとめているところにマーシーが手伝いにきて(アリスはグズなのである)、目と目があって見つめているうち、前述の状況に至った▼ジョージは現れたがナイフはふりあげなかった。そのかわりアリスの前歴を暴いて心をズタズタにし、マーシーは打ちのめされたアリスの手を引いて部屋を出ていく。ジョージは1人残される。やけくそのジョージはテレビ局に行き、無人のスタジオで慣れ親しんだ撮影のセットをぶち壊す。すわりこみさめざめと泣きながら「もう~」と鳴く。声優としてウシの役をオファーされていたのだ▼解決不可能な問題を棚卸していくのがアルドリッチの映画だ。これからジョージがどんな人生を歩むのかだれも予測できない。マーシーとの愛情生活に入るアリスは転換の予感はするが確約はない。人からみたらどうでもいいことがその人の人生の核になっていて、その人の生を成り立たせている…そんな人間に斬り込むアルドリッチの、豪腕かと思えば、暗いスタジオでジョージに「もう~」と鳴かせるような、ものの哀れを帯びた繊細な太刀筋が驚異だ。

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