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シネマ365日

2012年7月21日

抱擁のかけら (2009年 恋愛映画)

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監督 ペドロ・アルモドバル
出演 ペネロペ・クルス/ルイス・オマール/ブランカ・ポルティージュ

感情の混乱を生きて

 アルモドバルは映画づくりのヒントに、おもしろいことを書いている。「台詞とかシチュエーションとか、ギャグとかのアイデアをボール箱1杯分ためこんで少しずつ使うと、ビリー・ワイルダーが言っていたがぼくも同じことをしている。買ってきてはボール箱に投げ込んである小道具も含めて。こういう小道具がいつかひとつの物語、一本の映画に出会うと思うから」。 では「抱擁のかけら」はどんなオブジェが出会った映画なのだろう▼「わたしには登場人物が幸せになる物語を考えつくことができないし、そういう物語に関心もない。コメディは撮るが、わたしのコメディの登場人物は苦しむ人でもある」これらのことをフレデリック・ストロースは彼の著書「ペドロ・アルモドバル」で紹介している。アルモドバルにすれば幸福とは人生の隙間、隙間にさしこむ太陽のようなもので、現実には晴れ間と雲が重なりあうのがほとんどだ。「抱擁のかけら」にしても幸福は長続きせず、隙間からさした太陽はすぐにおおわれ、愛と死は隣人同士、嫉妬と裏切りは人生の伴走者、復讐は無二の親友で後悔とはいとこ同士、失望は朝飯前の散歩とでもいうふうに混乱の劇は叙述される▼ただし劇中に時間軸が二つある。2008年と1994年だ。14年の間隔を登場人物たちは交互に乗り入れる。恋愛映画であることはまちがいないが、見終わってやっと真相がわかる、14年間隠されていた真実が明らかになるという点ではサスペンスに近い。アルモドバルが時間軸と劇中劇の名手であることは「ボルベール(帰郷)」にせよ「トーク・トゥ・ハー」にせよ「バッド・エデュケーション」にせよ、今にはじまったことではないが「抱擁のかけら」が最も濃厚だ。ペネロペ・クルスやブランカ・ポルティージュの、常連女優である「アルモドバル・ガールズ」が、思い切り中身の詰まった五重底くらいの重箱の、極彩色の料理をさらに盛り上げている▼内容はちょっとややこしいからよく聞いて。脚本家ハリー・ケイン(ルイス・オマール)はかつて新進の映画監督だったが事故で視力を失った。今は脚本家として点字で仕事をする。エージェントのジュディット(ブランカ・ポルティージョ)とその息子ディエゴが、ハリーの生活や仕事を助けている。ハリーは実業家マルテルの死を新聞で知る。そこへマルテルの息子ライが自分の映画の脚本をハリーに頼みにくる▼ライは正体を明かさなかったが、ハリーは声で彼がマルテルの息子だと知る。すべての事件は14年前、俳優志望のレナ(ペネロペ・クルス)がハリーのオーディションに現れたときに始まった。レナは実業家マルテルの秘書であり愛人だったが、それを知りつつハリーはレナに魅せられ主役に抜擢。レナの一挙手一投足を監視するマルテルは息子にストーカー顔負けの密着を命じ、レナの日常をビデオで撮影させ、ハリーとの情事を知る▼レナをつなぎ止められないとわかったマルテルは嫉妬に狂い報復手段に出る。撮影を中断し、カナリア諸島のランサロンテ島にきたハリーとレナは、中断中の映画が完成し試写会で批評家たちから酷評されている新聞を読む。事態の究明にスペインにもどるというハリーにレナは不吉な予感を覚える。レナが運転する車に大型車が突っ込み、乗用車は大破、レナは死亡、ハリーは重症を負い視力を失くした。その現場を2人につきまとっていたライがビデオに収めていた▼ライはマルテルの指示でレナを殺したのか。マルテルはすでに死亡し真相を知るのは息子のライだ。ライはしかし事故現場にはいたが殺しには関係ないと判明する。そこへジュディットが告白する。レナを殺すのがマルテルの報復ではなかった、彼の真の復讐は別にあったと。その証拠はマルテルの没収から逃れるため、ジュディットが隠していた膨大な撮影フィルムにあった▼アルモドバルの監督作品「私の秘密の花」のヒロイン・レオの好きな作家はジャネット・フレイム、ヴァージニア・ウルフ、ジュナ・バーンズら、どうみても大衆的人気と無縁な、でも実力ある作家だ。彼女らの共通点は「感情をたよりにものを書いている」ことだとアルモドバルは分析する。これは同時に簡潔な自作批評だろう。いったい感情をたよりにしなかったアルモドバルの映画があったろうか。絵に描いたような幸福などかけらもなく、人生が用意する残酷はふんだんにもりこまれているのに、アルモドバルの登場人物はだれも絶望せず、太陽と雲のあいだに沸き起こる感情の混乱のなかを、もがきながらたくましく生きている。

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