女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

シネマ365日

2012年7月24日

今宵、フィッツジェラルド劇場で (2006年 群像劇映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ロバート・アルトマン
出演 メリル・ストリープ/ケヴィン・クライン/トミー・リー・ジョーンズ/ヴァージニア・マドセン

希望・新生そして死神

 30年以上、フィッツジェラルド劇場の公開生演奏でオン・エアしてきたラジオの人気番組「プレイリー・ホーム・コンパニオン」が今夜を最後に終了する。テキサスの大企業が買収し劇場を閉鎖するのだ。手作りの番組だった。出演するミュージシャン、アーティストたち、司会者、警備の保安員もさびしくてたまらない。最後の日に起こる舞台の表と裏のひきこもごも。保安員のガイ(この映画の語り手。ケヴィン・クライン)はフィッツジェラルド劇場のとなりのレストラン・ダイナーから劇場入りするとき、白いトレンチコートの美女を見たという。だれだろう。見たことのない女だが、なにか不吉な予感がした▼楽屋では姉妹のカントリー歌手ジョンソンガールズの姉と妹(メリル・ストリープ)が、シンガー・ソング・ライターをめざす娘のローラと喋っている。今日が最後だという悲壮感はぜんぜんない。でもカーボーイのデュエットも司会者も、ベースもギターもみな自分の人生の一部が閉じられることを知っている。放送が始まった。観客席に白いトレンチコートの女(ヴァージニア・マドセン)が現れる。ゆっくりと楽屋に入る。ガイがなにものだと訪ねると「アスフォデル」と答える。アスフォデルとは花の名前だ。花言葉は「わたしはあなたのもの」だが、ガイは彼女がデンジャラス・ウーマン(死神)であると悟る▼舞台のプログラムにつれ、それぞれがなつかしい歌、得意のシモネタを披露する。司会者はでもこれをもって番組は終了するとなかなかいえない。リスナーにいわないとだめよ、と姉妹からつきあげられても口にだせない。そのうちアスフォデルは出演者のなかでもっとも高齢の男性歌手と話し込み、いっしょに楽屋に消えた。しばらくして仲間が様子をみにいくと彼は息をひきとり、背後にいたアスフォデル(もはやはっきり死神と呼ぼう)は「老人の死は悲劇ではないわ。嘆かないで」と告げる。目的をとげた死神は律儀にガイに挨拶して劇場を去る▼最終日を見届けようとテキサスから新オーナーのアックスマン(トミー・リー・ジョーンズ)が到着した。ガイは劇場がいかに町の人々に愛されているかを訴えるが、アックスマンは歯牙にもかけない。破壊することは新生だと持論をぶつ。ガイはアスフォデルを呼び止めてくれと係にいいつけ、戻ってきた死神に、貴賓席に男がいる、彼と仲良くしてくれと頼む。貴賓席に入ってきた美人に「ここの関係者か」とアックスマン。空港にもどるには近道があるとアスフォデルは教える。せかせかと劇場をでたアックスマンは運転手に近道を走れと命じて車は発車。隣の席にはいつのまにか白いトレンチコートがみえる。車のテールランプを見送ったのがアックスマンをみた最後だった▼にもかかわらず、といおうか、フィッツジェラルド劇場の取り壊しは中止とならなかった。内部のあちこちに爆薬をしかける工事、壁を崩す槌音、たった一台残ったピアノを弾きながら、ガイは懐かしい劇場を見送る。やがて数ヶ月。劇場は取り壊された。いつものレストラン「ダイナー」にカントリー姉妹や娘、カーボーイのデュオ、司会者やガイが集まった。娘のローラはマネージャーとなり、母と叔母の公演を仕切っていた。まだまだナマ演奏も歌も知らない地方は多い、そこのステージに立って歌おうと計画は順調である。司会者もカーボーイもガイも、いっしょに仕事ができることに胸をふくらませている。パッとしない田舎風のレストランのテーブルで、明るい笑い声がひびき笑顔がまぶしいほど輝き、新しい出発の意気込みを発している▼夜のレストランの窓に、そのとき白いトレンチコートがみえる。店を通り過ぎるのか。いいや、彼女は音もなくドアをあけ店内に入ってきた。足音もなくいちばんすみの「フィッツジェラルド劇場」の面々のテーブルに近づく。彼女に気づいたみんなは声をなくして硬直する。ここでプツンと映画は終わる。「今宵、フィッツジェラルド劇場で」はアルトマンの遺作となった。81歳。どんな劇場にも人生にも終わりがある。幸福と希望と夢と新生の影には死が貼りついている。最後までアルトマンらしかったとしかいいようがない。

Pocket
LINEで送る