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シネマ365日

2012年7月25日

スモーク (1995年 群像劇映画)

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監督 ウェイン・ワン
出演 文中に含む

ブルックリンの詩 

 ニューヨークのブルックリン、下町にタバコ屋がある。店主のオーギー(ハーヴェイ・カイテル)は、毎朝8時同じ場所で写真を撮り4000枚にもなる。彼のつぎの言葉が「スモーク」という映画の骨子であると思うから紹介しよう「4000日1日も欠かしていない。休みもとれない。毎日同じ場所から同じ時間で撮るのだ。小さな片隅にすぎんが毎日いろんなことが起こる。地球は太陽を回り、太陽の日差しは毎日ちがう角度で射す」▼「スモーク」はオーギーの店にタバコを買いに来る常連客の日々をスクリーンに映じるだけだ。でも「毎日起こるいろんなこと」が太陽の日差しのように「毎日ちがう角度で人生を」さしている。同じように見えるもののなかに、微妙に異なるものが感じ取れる。アメリカとかブルックリンとか、日常の当たり前感覚と概念でくくられていた場所に、いくつものこまかいヒダが織り込まれていることがみえてくる。まるで異邦人のようなアプローチだ▼たとえば馴染み客の一人、作家のポール・ベンジャミン(ウィリアム・ハート)は数年前、銀行強盗の流れ弾に当たった妻を亡くした。以来小説はすっかりスランプだ。盗難現場に落ちていた大金を拾ったために、ギャングに追われている黒人の少年トーマスは、ポールが車に轢かれそうになるところを助けた。ポールはお礼にホームレスの彼を家によび、彼に2、3日の宿泊を提供する。18年ぶりにオーギーに会いに店にやってきたルビー(ストッカード・チャニング)は、オーギーと別れてから彼の娘を産み、その娘がまた子供を産もうとしている。娘は麻薬中毒に陥っていてこのままでは危険だ、娘を助けてやりたいから父親のあなたがいっしょにきてくれとやぶから棒に頼む▼トーマスには別れた父親サイラスがいた。父の居場所を探し当てたトーマスはそのガソリンスタンドの前で絵を描く。彼が息子だとは知らないが、なぜか関わりをもちたくなったサイラスは、不景気にもかかわらずトーマスを雇う。彼は再婚し交通事故にあい左手を失っていた。オーギーの店番をする長髪の青年ジミー(ジャレッド・ハリス)は、いまひとつ気がきかずいつもオーギーに叱られているが応えるふうがない。オーギーも本気で怒っている様子でもない。ルビーの娘フェリシティ(アシュレー・ジャッド)は、母親が来るまえに赤ん坊をおろしてしまい、せいせいしたといい、連れてきたオーギーを父親だと紹介してもろくな挨拶をせず追い返す。エマはトーマスの叔母だ。トーマスの母親が交通事故で死んでからトーマスを女手ひとつで育てたのだ▼どの人物もすぐに解決できない何らかの問題を抱えている。でも映画は風景を眺めるように淡々とすぎる。異邦人であるとともに旅人の眼だ。オーギーがなぜ写真を撮るようになったか14年前の出来事をポールに打ち明ける。万引き少年を追って走り出たオーギーは息切れして追うのをやめた。少年はサイフを落としていった。中には免許証がありオーギーは時間があいたときサイフを返してやろうと思って訪ねる。現れたのは少年の祖母で目がみえなかった。オーギーを孫だと思い歓待する。食事やらワインやらごちそうになり、孫のふりをして過ごすうちおばあちゃんは疲れて眠ってしまった。トイレを借りたオーギーはそこにあるカメラをもって帰る。サイフはテーブルにおいてきた。その日はクリスマスだった。ポールは執筆依頼を受けたニューヨーク・タイムズのコラムにその話を書き作家として復活する▼トーマスを追いかけていた泥棒の2人組は逮捕された。安全な身の上になったトーマスは、拾った金でオーギーにかけた損害の弁償をする。オーギーは娘を助けたいというルビーにその大金を渡す。本当におれの娘かと訪ねるオーギーに、答えは「半分、半分ね」だったが。と、まあ、こういうふうに書いていくほかに「スモーク」について伝える方法がないといいたくなるような映画なのだ。みているうちに、役者たちのときとしてエもいえないやさしい表情とか、なんにも考えることがない脳天気な店番に覚える共感とかが、新鮮で退屈にならない。母親と父親だという男を追い払った娘が、2人がドアをしめて出ていったあとの絶望感とか、もうあの様子ではあといくらも生きられない、だからせめて娘にお金をやりたいと、オーギーに金をくれという母親とか、あなたのような人に会ったことがあるよ、といってしまいそうな人物が「スモーク」にはいる。見終わったあと、オーギーのタバコ店には今朝も、昨日とちがう日が当たっているような気がする映画だ。

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