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特集「ディーバ(大女優)」

2012年8月1日

特集 ディーバ(大女優)3 マレーネ・ディートリッヒ 嘆きの天使(1930年 恋愛映画)

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監督 ジョセフ・フォン・スタンバーグ
出演 マレーネ・ディートリッヒ/エミール・ヤニングス

黄金の鷹の眼

 「シネマ365日」の1年間のご愛読ありがとうございました。掲載中もご意見ご感想を頂き感謝申し上げます。365本を1冊にまとめこのほど発行のはこびとしましたので、なにかのときにご一読いただければ幸いです。「シネマ365日」が今日からまた始まります。また1年間「ウーマンライフウェブ版」でおつきあい願えれば、喜びこれにまさるものはございません▼8月第1週はおなじみ「ディーバ」シリーズの3「マレーネ・ディートリッヒ」です。彼女の特異性は自分をひとつも偉大な女優だと思わなかったことで、これは自信がなかったということではまったくなく、それどころか傲岸自尊の権化だったのですが、一面ものすごく覚めていて、スターというものに「ふん」という距離感があった。自分に対してだけでなく人に対してもそうだったから他のスターはたまらない。後年彼女の伝記を娘が書きましたが、一言でいうと「見ようとしなくても見える」独特な目の持ち主でした。そろそろ本題に入りましょう▼「母は特別な人間なのだということが私にははじめからわかっていた。なぜ特別なのか、そんなことは問題外だった。冬が寒く夏が暑いように、彼女は人が彼女に対して抱く感情を支配した」母とはマレーネ・ディートリッヒのこと。娘マリアのこの母親評はディートリッヒの輪郭を鮮やかに型取っている。ベルリン1929年。ディートリッヒは夫と4歳になる一人娘マリアと食卓を囲み、舞台に出る前の夕食をかきこみながら「…」聞き取れないので夫のルーディーが「母さん、なにを言っているのだい?」アメリカの大物監督が今夜自分のレヴューを見に来る、というのだ。そして面接が決まると、面接会場であるウーファ社(映画会社)に着ていく服で一悶着起こす。夫はきちんとしたスーツで行けといい、アバズレ役をするのにそんな服は必要ないとディートリッヒが食ってかかるが、結局最上のスーツにお気に入りのキッドの手袋でスタンバーグの面接に臨んだ。自信をつけるために銀狐を2匹首からぶらさげて行った▼ジョセフ・フォン・スタンバーグとマリーネ・ディートリッヒの出会いは書き尽くされているし、娘マリアも母親の回想は時によって筋書きがかわると指摘しているが、ディートリッヒの自伝にあるスタンバーグ評は生真面目で尊敬にあふれ、一途だ。後年スタンバーグがディートリッヒに振り回され疲れきったということも、事実ではあるがそれだけがふたりの関係の100%ではなかったと思う。ディートリッヒみたいな1流好きの貴族趣味で見識の高い女が、自分のいいなりになるだけの男に自分をあずけるはずはなく、「嘆きの天使」で共演した有名俳優がスタンバーグをこきおろしたとき、ディートリッヒはこう表明している▼「わたしの前から立ち去ってください。わたしはこの人といっしょに仕事をやります。望まれる通り彼の指示に従います。撮影の終了まで従います。わたしがかけだしであなたが有名人でも、わたしのほうが優っていると思います。あなたはわたしの考えを変えることはできないでしょう。もちろん仕事の上ではなく、人間的に、です」旗色を鮮明にするとはこれをいうのだ。敵を作らないことも大事だが、それは肝胆相照らす味方を得たうえでの構築だ。これをきいたスタンバーグは全力をあげ必ず「嘆きの天使」を成功させると誓っただろう▼ディートリッヒは契約書にサインし、ギャラを提示され、初めてミンクを買ったと書いている。気のない書き方だから素通りしそうだが、書かずにおれなかったほどじつは嬉しかったのだと取るべきだ。ディートリッヒののちの、収拾のつかないような平然とした、男女含めた性的関係からは意外なほど、彼女はスキャンダルと無縁だった。それはたぶん仕事におけるストイックな精励と私事が厳しく一線を画されたからだろう。彼女の体力に、そばにいるスタッフはヘトヘトになった「監督、まだやれますけど。もう一回やればもっとうまくできると思うのですけど」すぐそういう彼女に「疲れを知らぬディートリッヒ」と娘までが言っている。砂漠の撮影でプロデューサーのセルズニックが、撮影が大変だから脚本を書き換えるよう指示すると、ディートリッヒが「ヤワなあの人達とわたしはちがいます。いっしょにしないでください」ラクダさえ倒れる暑さだったそうなのだけど…▼「嘆きの天使」の原作はハインリッヒ・マンの「ウンラート教授」だ。謹厳実直な教授(エミール・ヤニングス)が、学生たちが騒ぎ立てるキャバレーの踊り子ローラ(M・ディートリッヒ)を検分しに、生まれてはじめてキャバレーに入る。中年のクソ真面目な先生がアバズレ女の色香に迷い、あろうことか結婚。ドサ回りで先生がすることといえば時を告げる雄鶏の真似だ。かつて自分が教鞭をとった町に帰ってきて、満員の観衆のまえでコケにされた先生はだれもいない教壇で死を迎える。不実で軽薄で、思いやりもなく夢も希望ももたない現実的で卑しくさえあるローラという女。名門の父を軍人にもち厳しい躾をうけ、女学校の寄宿舎ではゲーテ、カントをよみふける知力とともに「黄金の鷹の眼」を持って生まれたといわれた父の、欲望の血が娘に受け継がれていることを本能的に母親は察知していた。もうひとりいた。鋭利ではあるが率直な性格であるディートリッヒの本質に、危険な女をみてとったのがほかならぬスタンバーグだった。ディートリッヒを分身のように愛したものにしか見抜けなかった血だろう。

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