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特集「ディーバ(大女優)」

2012年8月2日

特集 ディーバ(大女優)3 マレーネ・ディートリッヒ ブロンド・ヴィナス(1932年 家族映画)

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監督 ジョセフ・フォン・スタンバーグ
出演 マレーネ・ディートリッヒ/ケーリー・グラント/ハーバート・マーシャル

ジョセフ・フォン・スタンバーグ

 一人娘マリアによればディートリッヒは「ブロンド・ヴィナス」を気にいっていた。健気な主婦と母性愛に満ちた母親ヘレン(マレーネ・ディートリッヒ)が、夫エドワード(ハーバート・マーシャル)の治療費を稼ぐため、ナイトクラブの歌手にカムバック、美貌と実力でたちまち男たちをとりこにし、アメリカの大富豪ニック(ケーリー・グラント)は膨大な治療費を援助する。夫は全快。しかし妻が若いアメリカ人の助けで治療費を捻出していたことに怒った夫は妻を離別、息子もとりあげヘレンは追い出される▼彼女は流れ流れ、物乞いをしてその日の食を得、売笑婦に身を落とす。やがて数年。ナイトクラブのエンタテイナーとしてミステリアスな女が舞台にあがった。評判は評判をよび、ニックはそれが失踪した「ブロンド・ヴィナス」だとわかる。彼はナイトクラブにかけつけ、結婚を申し込む。ディートリッヒは熱演だったが、映画はさっぱり受けなかった。主婦をやるディートリッヒなんか観客はみたくなかったのだろうとマリアは分析しているが、そんなことはない。貧しいアパートの片隅で安物のブラウスを着て、重いアイロンをかけているくたびれた手つきや、テーブルに皿を並べる慣れた物腰にいやみもないし不自然でもない「へー。ディートリッヒは案外料理が上手なのかも」と熟練の主婦がみても合格点をつけるだろう▼ディートリッヒも自信があったとみえ不評の根拠を一蹴した。一蹴するのはなんでも得意だった。自分に同意しない人間を母は悪魔の手先とみなしたとマリアは書いている。他人の意見をきくことは時間の浪費と考えていたディートリッヒは、映画評などというものは軽蔑にも値しないと広言している。しかし火のないところに煙はたたない。失敗作だったといわれる要素があるならどこにあったのだろう。ディートリッヒを撮るスタンバーグに手抜かりがあったはずはない。けむくじゃらなゴリラのぬいぐるみから白い細い腕が、ブロンドの女が、その全身が現れるに及んでナイトクラブは騒然。と思えばつぎのシーンは白いシルクハットに燕尾服と、スタンバーグはピシピシつぼに針を打っていく▼映画のつぼをはずさないことにかけては観衆の本能も、しかしまちがいないのだ。彼らは主婦のディートリッヒに興味がなかったのではない、平和な家庭にもどっておさまってしまうディートリッヒに興ざめしたのだ。砂漠を裸足で男を追いかけた破滅的な女ではなく、富豪のプロポーズを無視し(ケーリー・グラントは途中で出番がなくなるのである。かわいそうに)後悔して改心した夫を許し…嫉妬に狂って見境なく勝手な文句を並べ、自分を追い出した生活力のない男に女はここまで寛容になれるのか、この設定も奇妙というほかない。しかしこれには裏がある。スタンバーグはスタジオの圧力で脚本を書き換えたのだった。書き換えるくらいなら降りる、と強気の監督と主演女優は仕事を中断し思いがけぬ休暇気分でいた。そこへリンドバーグ愛嬢誘拐殺人事件が起こった。世間がピリピリしている同じ時期、ディートリッヒの娘を誘拐する、身代金を用意しろという脅迫状が舞い込んだ。実行はなされなかったがディートリッヒの消耗はたいへんなもので、彼女に活力を取り戻させるには仕事しかない、そうふんだスタンバーグはスタジオの言う通り脚本を書き換え、撮影を再開した。そういういきさつがある▼しかし観客に内輪の問題は関係なかった。彼らは「悪」と「欲望」のないディートリッヒに横を向いた。傲慢で貴族的で、そのくせ(独善的ではあるにしても)愛情ゆたかで、自分の情念のために自分も男も破滅させてしまう、それがディートリッヒという女優の本質だと、だれもなにも講釈を垂れてくれなくても観客は理解していた。幸福な家庭のために献身するのは、ノーマルな女のやることである▼ノーマルでないかたまりのようなディートリッヒに、公私ともつきあうのは並大抵ではなかっただろう。スタンバーグは「ジョーの逃亡」とディートリッヒが名付けた長い航海に独りでかけることがあった。彼はディートリッヒとの関係のかたわら3度結婚しているが、いずれも短く終わっている。ディートリッヒも無傷ではおれなかった。スタンバーグが監督しディートリッヒが主演した7本の映画で、実質的に彼らの映画人としての生涯は終わった。ふたりの愛のたそがれについて、マリアはさすがに母親寄りではあるものの、唐突という感じできっぱりこう書いている。「それ以来(別れて以来)ディートリッヒが彼女のイメージを新たに創造することはなかった。ただそれを不朽のものにしただけだった。相変わらず仕事に励みはしたが、そこにはインスピレーションが伴わなかった」ディートリッヒはスタンバーグとの別離のあと映画女優からステージ歌手へ軸足を移していく。信じられないほどそれをスムースに移行させたのは、ほかでもない、戦争だった。

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