女を楽しくするニュースサイト「ウーマンライフ WEB 版」

  • facebook
  • twitter
  • line
  • rss

特集「ディーバ(大女優)」

2012年8月4日

特集 ディーバ(大女優)3 マレーネ・ディートリッヒ 西班牙狂想曲(1935年 恋愛映画)

Pocket
LINEで送る

監督 ジョセフ・フォン・スタンバーグ
出演 マレーネ・ディートリッヒ/ライオネル・アトウィル/シーザー・ロメオ

花と蝶

 数ある出演作のなかでも、ディートリッヒのイメージの絶頂とされるのが「西班牙狂想曲」だ。どんなイメージか。無節操なタカビー女。男は地位も名誉も失い裏切られる。女の手口はこの映画ではこうだ。家族を養うために金がいると男に言いより金を取ると出奔、男がもう二度とあの女には会わないと決意しているところへヒョコヒョコ臆面もなく現れ、なぜ追いかけてこないのと詰問する。男は(どういう理屈でそうなるのだ)と思うが結局よりを戻す。女は今度こそ幸せにするわと誓いせっせと尽くす。またもや女の家族に金が要る事態が生じ、あつかましく母親がおしかけ、くどくどと事情を説明する。男は早く追っ払いたいから金を与えたとたん母娘は蒸発。一言でいえば男をドツボにはめる妖婦(それも美貌の)がディートリッヒである▼ところはスペインのセルヴィア。カーニバルに湧く町で、逃亡中の革命家アントニオ(シーザー・ロメオ)は、町いちばんの歌姫コンチャ(マレーネ・ディートリッヒ)に一目惚れ。酒場で出会った男(ライオネル・アトウル)は自分の零落の顛末を教えて忠告するのだが、アントニオは夢中だ。男の話というのが前述した詐欺まがいの妖婦コンチャの行状なのだ。ディートリッヒが黒いレースのヴェールで顔を覆い、ミステリアスな瞳で登場するシーン。カーニバルの喧騒のさなかにいながらひっそりと隔絶した孤高の存在としてスタンバーグは映しだす▼しかしあんまり同じ事をー女が男を棄て、男が諦めきれないところへ女が現れ、もとのさやに戻って金を貢がせまた棄てるーが何度もくりかえされるので、しまいに「またかよ。ひっつくなり別れるなりどうでもいいから決着を示せ」といいたくなってくる。それを次から次へ飽かさずひっぱっていけるのは、白黒のスクリーンに表現される映像の美しさでしょうね。スクリーンの雰囲気が得もいえずシャープなのです。降りしきる雨のひとすじ、ひとすじが白い線になって写る、場末の町の薄汚さがドラマチックで、そこの横丁や狭苦しい部屋にふらっと入っていきたくなる、そういう臨場感なのです▼しかし「西班牙狂想曲」ではディートリッヒを相手に、もはやスタンバーグは疲れきっていた。彼はすでに別れる決心をつけていたがディートリッヒだけがそれに気づかなかった。まさかスタンバーグが自分からはなれていくとは思わなかった。ある朝彼女はスタンバーグの、自分とのコンビ解消声明を新聞報道で知る。「ミス・ディートリッヒとわたしはともに力の及ぶ限り前進してきました。ミス・ディートリッヒに関していうべきことは、すべてカメラを通じて言ってきたつもりです」これを読んだときは「母の声はうつろだった」とマリアは書いている▼それだけではでも「西班牙狂想曲」がディートリッヒのイメージの絶頂であると言い得たことにならないのだ。男をさんざん惑わせ追い詰め心身ともに崩壊させるのだが本当にそうか。アントニオに決闘を申し込んで敗れ、重傷を負った元大尉。コンチャはこれでめでたくパリに亡命できることになる。元大尉が収容された病院にお別れをいうべく現れるのだが大尉は応対するどころか、死ぬはずだったのに死ねなかった無念さでコンチャの顔もみない。さっさと出ていってくれと頼む。コンチャとアントニオは国境の駅にきた。列車が到着する。荷物を運び込ませ、さあ乗れ、とアントニオが促すと「自分は行かない、元大尉のところへもどるのだ」とコンチャはいい列車を見送って町に帰る。さんざんてこずらせるけれど最後は男の愛に応える、それを含めてホントのディートリッヒのイメージなのだといいたいのでしょうね。ビリー・ワイルダーは「ディートリッヒはニンフォマニア(女性の色情狂)のように見えるかもしれないが、ほんとの色情狂は主婦のように見えるのと反対で、彼女は色情狂のようにみえて本質は主婦だった」とどこかで言っていましたけど▼スタンバーグがディートリッヒのイメージを完成させることができたのは、彼自身が危険な女を好きだったからだ。ローレン・バコールのように「わたしは大半の女性に比べて危険のない女だったと思う。そういった火遊びをたまたまわたしが知らなかったというだけのことではあったけれども、わたしにはどうしても静かな完璧な愛の関係しか考えられないのである」(「私ひとり」)という女性を愛したのではないのである。ディートリッヒの女優としての生涯は「西班牙狂想曲」以後スタンバーグがクリエイトした「イメージ」を覆すことはできなかった。スタンバーグもまたディートリッヒにかわるディーバを創出できなかった。この二人は花と蝶だった。「西班牙狂想曲」を最後に、どちらもの映画における蜜と実りは失われたといっていい。

Pocket
LINEで送る