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特集「ディーバ(大女優)」

2012年8月7日

特集 ディーバ(大女優)3 マレーネ・ディートリッヒ 黒い罠(1958年 社会派映画)

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監督 オーソン・ウェルズ
出演 チャールトン・ヘストン/ジャネット・リー/オーソン・ウェルズ/マレーネ・ディートリッヒ

はまり役

 ディートリッヒはゲスト出演であるから、代表作でも主演作でもない。それをあえてこのシリーズにあげたのは、ほかならぬディートリッヒ自身が「自分の最高の演技」だと自認しているから、いったいどんな演技なのだろうと思ったわけ。自伝にこう書いている「今でこそ〈黒い罠〉は国際的に古典として評価されている。しかし1958年当時、ユニバーサルはこの映画をまったく無視していて、彼(オーソン)に対する態度は卑劣極まりなかった(略)できるものなら彼らを爆弾で吹き飛ばしてやりたい。奈落の底に突き落としてやりたい」▼血の気の多い文章はまだ続く。母には穏やかなところがひとつもなかったと、娘がいうのも誇張ではないかもしれない。「彼はスタンバーグさながら、衣装は自分で用意し予定の期日までに仕上げて撮影現場にくるように言った。メキシコの売春宿の女将の役だ、そのつもりで身なりを整えてくれ、ということだった。(略)私の撮影はたった一晩であった。遠慮なくいわせてもらうなら、わたしはこの日ほど納得のいく演技をしたことはなかった」▼はたしてこれを額面通り受け取ってよいのかどうか。オーソンから任せるといわれたディートリッヒは張り切って、パラマウントの衣装部をかきまわしジプシーの衣装を選び、お金に困っているオーソンのためにギャラなしで出演した。娘マリアはしかし「〈嘆きの天使〉以来、最高の演技だと関係者から熱烈な礼賛をうけたことが、その後ずっと彼女をおかしがらせた」…なんとなくこのニュアンスには、ディートリッヒの性格の特徴である「求められればすべてに応える」エンタテイメントスピリッツというか、人がせっかく最高だと評価してくれているのだから、旺盛なサービス精神でますます盛り上げてあげた、という気味合いがある。もちろんオーソンはうれしくないはずはなかったが、後年なぜ母に出演を依頼したのかというマリアの質問に「はまり役ってものがあるだろ」といたずらっぽく答えた▼出演はわずか2シーンでも、そのひとつは極めつけのラストシーンで、一言「アディオス」といって夜の闇に去る後ろ姿だ。オーソンがしつらえた「ディートリッヒさま御用達シーン」を彼女が楽しんでいたのはまちがいない。ディートリッヒの特徴のある、弓なりの細い眉ではなく太いゲジゲジ眉に、ブロンドから黒髪への変身に、セットに入ったときオーソンはだれかわからなかったと面白そうに回想している▼物語はメキシコ国境の田舎町ロス・ロブレス。新婚旅行で通りかかったメキシコ人の警官バーガス(チャールトン・ヘストン)は、偶然土地の大富豪の爆殺事件に遭遇する。捜査を担当するのは肥満したアメリカ人の老刑事ハンク(オーソン・ウェルズ)。ハンクは協力を申し出るバーガスに敵意を隠さない。バーガスの妻スーザン(ジャネット・リー)は夫が捜査に加わるあいだ、投宿したモーテルで夫を恨む地元のギャングの一味に襲われ誘拐される。ハンクには妻を殺されたつらい過去があり、以来十何年禁酒しているが、ときどき昔のなじみである酒場の女主人ターニャ(マレーネ・ディートリッヒ)を訪ねる。オーソン・ウェルズが監督するとなぜ、こうまで人間の複雑さが、どんな人間も掘り下げ方次第で、重厚な主人公になる感情の豊かさがスクリーンに抽出されるのだろう▼この映画にはさんさんと日が降り注ぐさわやかな朝のシーンもないし、太陽の輝く真昼もない。主役たちがうごめくのはたいてい夜、それも白黒のコントラストのきわだつ夜だ。このあたりのフィルム・ノワールとしての構成には驚愕する。無機質なまでの空間構成は、意匠的だった「審判」よりはるかにこなれている。異形のオーソン・ウェルズに異形のディートリッヒ。まともなヘストンやジャネット・リーは、アブノーマルがノーマルである彼らの世界とはしょせん住む世界がちがう。オーソンはゴミ芥の浮く川で死体となり、彼を探しにきたディートリッヒはそれを見て「だれも彼を迎えにこないの」と同僚の刑事に聞く。かすかに責めるような口調に、愛の名残がある▼オーソン・ウェルズはどんな男性だったか。これもディートリッヒの自伝であるから、どこまで真に受けていいのかわからないのだが、こんなふうにスタンバーグと比べている「オーソンはスタンバーグのようにスタッフを怒らせることはなく、いつも親切で理解があった。スタンバーグは人から憎まれることが多かったが、オーソンはそういうことはなかった」スタンバーグこそいいツラの皮であろう。

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