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特集「ディーバ(大女優)」

2012年8月8日

特集 ディーバ(大女優)3 マレーネ・ディートリッヒ ニュールンベルグ裁判(1961年 社会派映画)

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監督 スタンリー・クレイマー
出演 スペンサー・トレイシー/バート・ランカスター/マクシミリアン・シェル/リチャード・ウィドマーク/マレーネ・ディートリッヒ

ディートリッヒの黄昏

 この映画をマレーネ・ディートリッヒだけで書くのは無理があるとはわかっているが、避けて通れない映画というのがあると思う▼「〈ニュールンベルグ裁判〉のあとわたしは二度と映画に出なかった」と素っ気なく自伝に書いている。これはまちがいで、彼女の遺作は1978年の「ジャスト・ア・ジゴロ」だ。しかし映画出演に未練は全然なかったようだ。「歌手の仕事が気にいっていたし、うるさく注文をつける監督もいなかった。映画の仕事でなにより嫌いだったのは撮影や演技に制約を受けることで、その点ステージは思うまま自分を表現できる」それとこうも書いている「少なくともわたしには、扮装や偽りのみせかけなしでやっていける。スクリーンで長いあいだ私の専門だった〈はすっぱな女〉を演じる必要がない」娼婦や妖婦はディートリッヒの十八番だったが、またそれらの成功によって彼女のイメージは決定的になったのだが、本人にすればうんざりしていた口調がうかがえる▼ラスベガスで公演中のディートリッヒを訪ねスタンリー・クレイマーが「ニュールンベルグ裁判」の出演を交渉した。引き受けたのはスペンサー・トレイシーが出るからで、彼がでる以上「品質保証つき」だとディートリッヒは考えた。〈ニュールンベルグ裁判〉は「評価することはできないが、もしよいところがあるならスペンサーのおかげだ」と持ち上げている。スペンサーもいいが俳優たちの火花を散らす力演はすばらしい。なんでもかんでもボロクソにいうのはディートリッヒの性癖であるが、尊敬するスペンサーとの「コーヒー1杯のやりとり」では、スペンサーの「セリフの調子がうまくとらえられず、見当ちがいのところで笑いを買ってしまうのではないかという不安で体が震えた」▼ディートリッヒは60歳だった。彼女の脚が痛み出したのは50代のはじめごろだった。娘マリアによれば、ニューヨークでふだんは悪趣味で最低の店とけなしていたティファニーに、ディートリッヒが突然入っていった。ぶらぶら歩いたりウィンドウを覗いたり、絶対にしない母親がティファニーに入ったことで、マリアはただならぬものを感じた。脚が痛み出したとディートリッヒは言った。それから13年のあいだディートリッヒは自己流の治療で痛みをごまかしている。自己流の治療とはいかがわしい薬とアルコールだ。痛み止めに飲むシャンパンがいつのまにかスコッチにかわり、舞台の最中にも飲むようになっていた。だから「ニュールンベルグ裁判」のときも脚は痛むことがあったはずだ。アルコールにも頼っていただろう。それを思うと先の「見当ちがいのところで笑いを買うのではないかと体が震えた」という告白も、ディートリッヒ独特の芝居っけとは、ちがう意味が含まれている。映画の仕事はきつくなっていたにちがいない。ステージを選んだのも決して謙虚で言ったわけでもない。謙遜したわけでもなかった。衰えつつある自分の脚と体を隠すのが、映画よりステージのほうがそれを悟らせなかっただけだ▼「ニュールンベルグ裁判」ではスペンサー・トレイシーとの仕事のほか、マクシミリアン・シェルとの出会いもディートリッヒにとっては大きかったのではないか。彼女の後年を考えると、むしろシェルの比重のほうが大きいと思える。シェルはこの映画でハリウッド2作目にしてアカデミー主演男優賞に輝いた。オーストリア人らしい理知的な風貌、濃い眉、切れ味の鋭い目。姉のマリア・シェルともども俳優家族に生まれ「若き獅子たち」とか「トプカピ」とか演技は幅広い一方、監督業では川端康成の「眠れる美女」を監督した。「初恋」の監督でアカデミー外国語映画賞にノミネートされた実績がある。彼がディートリッヒの引退後「マレーネ」を監督するのだ。ディートリッヒはいっさい表にはでず、声だけで過去の映像やらインタビューをシェルが再構成・編集した▼「ニュールンベルグ裁判」は前述したとおりディートリッヒ60歳。シェルは30歳。それがどうこういう意味はないが、スペンサー・トレイシーはキャサリン・ヘップバーンと長年の愛人関係にあり、映画会社はふたりの仲をかばうようにしていたことが、そもそも癪の種だったディートリッヒが、いまさらとってつけたように「スペンサーはすばらしい俳優」と言ったところで白ける。彼女がおおっぴらに口にすることなどホントはたいしたことではないのである。まるで削除したように表に現れなかったマクシミリアン・シェルという駿馬が、いきなり「マレーネ」の監督として世間に現れたことは興味深い。もちろんいい友人ではあったろう。できないやつに自伝ドキュメンタリーを一任するディートリッヒではないからだ。その「マレーネ」が、ディートリッヒ伝説を解き明かす上の貴重な資料になることを「ニュールンベルグ」ではまだふたりとも予想もしていない。

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