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特集「ディーバ(大女優)」

2012年8月10日

特集 ディーバ(大女優)3 マレーネ・ディートリッヒ MARLENE/マレーネ(1986年 ドキュメンタリー映画)

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監督 マクシミリアン・シェル

「伝説」を解き明かす

 1982年9月マクシミリアン・シェルはパリに到着した。マリーネ・ディートリッヒのドキュメント映画「マリーネ」を撮るためだ。「ニュールンベルグ裁判」から21年、ディートリッヒは80歳、シェルは51歳になっていた。撮影はシャンゼリゼのディートリッヒのアパートメントで行われた。ディートリッヒは声だけの出演である。過去のフィルムやスチール写真をみながらコメントをつけていく。ディートリッヒの後ろ姿のごく一部が、黒い影となって画面に入り、タバコをくゆらせているのがわかる。二人の会話はもちろんドイツ語だ▼気がつきにくいことだったが、ディートリッヒにせよ、イングリッド・バーグマンにせよ、彼女らの女優としての仕事はほとんどが英語、つまり外国語でなされたのだ。これは母国語でセリフをしゃべる者にはわからないプレッシャーがあっただろう。バーグマンは何度か舞台で単語をまちがえ、おおらかにやりなおして拍手を買っているし、ディートリッヒの娘マリアは「母は英語では本音を話さなかった」と追想している。本音を隠したというより、ニュアンスが伝えにくかったのだと思える。不自由なく英語をこなしてはいても、母語とは異なるものがあるのだ▼ディートリッヒは79歳のとき骨折してからパリのアパートメントで寝たきりになった。終の棲家がアメリカでなくパリだったのは、やはりヨーロッパ人であること、アメリカの精神風土が最後までなじめなかったこと、そして何よりも「恋人のような街・パリ」が気にいっていたからだ。「ニュールンベルグ裁判」を最後に、女優を退いたディートリッヒはそれから約20年間、歌手として世界を巡業したのだ。ホテルでトランクに荷物をつめているディートリッヒのスナップがある。娘マリアはその写真説明を「旅から旅」としている。この20年間に何度かの骨折と手術があり、アルコールと麻薬で痛みを抑え、年々その量が増えていきながら「求められることに応える」ことをポリシーとし、一度もキャンセルしなかった世界巡業だったことを考えると、尋常の気力・体力ではない。このビデオ化や彼女のステージのCD化には、経済的な必要があった。シャンゼリゼの生活を維持する、といってもディートリッヒのお金の感覚には、稼ぐことと使うことはあったが、倹約することはなかったのだ。収入がなくなっても生活のレベルを変えないディートリッヒであったから、これまでのフィルムを編集し直し市場に出すことが当然考えられた▼1937年5月30日アメリカの独立映画館主協会がすべての映画業界紙に「切符売り場の疫病神スター」という広告をのせた。名のあがったのはつぎのスターたちだった。ジョーン・クロフォード/ベティ・デイビス/マレーネ・ディートリッヒ/グレタ・ガルボ/キャサリン・ヘップバーン。彼女らは観客を動員する能力のない女優という烙印をおされた。ディートリッヒはこれがあってからの仕事で示された、屈辱的なギャラを足蹴にしてアメリカを去りパリへ移った。当時のディートリッヒの反応をマリアはこうまとめている「ディートリッヒの映画はもう売れないというのよ。もちろんディートリッヒの映画を売ることなんかあのバカどもにできないわよ。お粗末な人間だから。ガルボまでリストにあがっているわ。あのギョロ目のクロフォード。彼女ならまあわかるわね。あんな女優をみるためにだれがお金を払うものですか。でもヘップバーンとなるとね。彼女も名前がのっているのよ。信じられない話。結局誰が残っている? アイリーン・ダン? あれがスターだっていうの。まったくどうかしているわ」へこたれるどころか、言いたいことを言いながら、ディートリッヒはさっさとニューヨークから大西洋を渡った。折れたのは映画会社のほうだった。ディートリッヒは初めての西部劇「砂塵」の大アクションでクリーンヒットをとばし復活する▼何度となく襲ってきたこういうピンチを乗り越えてきたディートリッヒに「マレーネ」製作はどう映っただろう。インタビューにこうある「全然過去には興味ないわ、わたしは現実的な人間でロマンティストではないの。人は夢見る場所を持つべきではないわ。わたしに夢見る時間はない。私の一生は仕事してきた時間よ。死を恐れる? 人は生を恐れるべきだわ。人はみな死ぬわ。死後の世界ですって。わたしはきょう何をすべきかだけ考える、それがシンプルだわ」デビューから最後のステージまで、自分の全履歴つまり過去であるが、それを映画にしてくれていることに対するこれが言葉かと思うほど可愛げがない、というより総集編「マレーネ」なんてまだ要らない、自分には必要ないといわんばかりに聞こえる。その姿勢がたぶんディートリッヒであり、彼女は最後までディートリッヒを演じたのだ。本作はニューヨーク映画批評家協会賞のドキュメント部門を受賞したがマレーネが喜んだかどうかはわからない。それはともかく、はっきりいってそう美人でもなく(ディートリッヒは自分が団子鼻だと信じていた)演技力はキャサリン・ヘップバーンやベティ・デイビスと比べると異質だ。ところが「伝説の存在」となるとディートリッヒがずばぬけているのだ。なぜだろう。それを「マレーネ」は教えている。

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