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特集「どんでん返し」

2012年8月11日

特集「どんでん返し」 アザーズ (2001年 ホラー・サスペンス映画)

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監督 アレハンドロ・アメナーバル
出演 ニコル・キッドマン/フィオヌラ・フラナガン

窓辺のラストシーン

 映画の醍醐味のひとつは「どんでん返し」だ。もちろん小説にもあるけど、文章だけじゃなく、映像や風景か小道具や音響やライティングや、それこそあらゆる映画言語を駆使した「どんでん返し」って、ストーリーそのものに不備はあっても、どんでん返しの手口さえ鮮やかなら、多少の不満は吹っ飛んでしまう。そんな作品を当たってみた。そして最初に選んだのがこれ「アザーズ」だ▼スペインの監督、アレハンドロ・アメナーバル29歳のときの作品。製作トム・クルーズ。製作費1700万ドルに対しアメリカ本土だけで9600万ドルのヒットとなった。劇場でみたとき開場を待つ行列ができていたが、DVDで見なおしても確かに面白い。最初みたときはどんでん返しの鮮やかさにだけ感心したけど、結末を知ってからみた今回は、母親が二人の子供をひしと抱きしめ「いっしょにいるのよ、離れてはだめよ」というニコル・キッドマンの真意がわかって哀切だった▼時は第二次世界大戦の終わりごろ。1945年フランスのコタンタン半島西沖合にある、チャンネル諸島のジャージー島。英国海峡に浮かぶ島々のひとつで、現在はイギリス王室の属領だ。1940年から45年までドイツ軍が占領した。劇中ヒロインが「ナチにも手を触れさせなかった家なのに」というのは、そのときのことをさす▼茫々と草地の続く島の、広大な一画に古い屋敷がある。屋敷の女主人グレース(ニコル・キッドマン)は幼い娘と息子をかかえ、戦地から帰る夫を待つ。召使募集の広告をだしたあと、求人をみたという三人が訪れる。ミルズ夫人(フィオヌラ・フラナガン)と庭番のタトルと失語症の若い娘だ。家中のカーテンは閉めきってある。子供たちが極度の光アレルギーで、日光にあたると死んでしまうとグレースは説明した。ミルズ夫人は否のうちどことのない家政婦で家事を仕切る。三人とも誠実な働き者だったが、いつもグレースの挙動を観察していて「わかっているのか」「いいえ。まだ」「いつ話すのだ」「まだ早いわ。折をみて」というような会話がミルズ夫人と庭番の間で交わされることがある。そして不思議な現象が起こるようになる▼子供たちのしつけは厳しく、反抗的な長女はしばしば罰として聖書を読まされる。グレースはだれもいないはずの屋敷の二階を子供が走り回る足音を聞き、調べにいくが不審者はいない。ところが娘が「あれはヴィクターよ」とグレースが聞いたこともない名前を告げるのだ。そのほかにも「あれ知っている?」「だれかいるわ」「わたし見たのだから」というようなことを子供たちは言い、母親だけが知らない秘密がこの家にはあるらしいのだ。母親は母親で新しい召使を募集したのは、古い彼らがある日ひとり残らず消えたからだと、説明のつかないことを言う▼グレースの子供たちへの厳しいしつけに、ミルズ夫人は「もう許してあげればいかがですか」と助け舟をだすが、母親はガンとして受け付けない。娘は反抗してますますいうことをきかなくなり、部屋にとじ込もって操り人形で遊ぶが、グレースが部屋を覗くと顔はレースで隠れているが、人形の糸をたぐる手はしわだらけの老婆の手ではないか。グレースは悲鳴をあげ娘を抱きしめる…。霧の深い朝夫チャールズが帰ってくる。グレースは歓喜する。夫は子供たちと対面し、子供たちも父をみわけるが、なぜかこの父はそう嬉しくなさそうだし無表情なのだ。グレースは「疲れてらっしゃるのよ」というが三人の召使は「旦那はなにか知っているのか」「自分がだれかもわかっていないわ」と謎めいた判断を述べる▼古い屋敷の使っていない部屋でグレースはアルバムをみつける。代々のこの家の住人を写した写真集だ「みな寝顔を撮っているのね」というグレースの質問にミルズ夫人は答える「寝ているのではなく、遺体なのです」驚愕するグレースは、この屋敷で生じる怪奇な出来事が新しく雇用した三人に原因があるとみて、解雇をいいわたす。三人は家を去りながら「そろそろ墓をだしておこう」と枯葉の下に隠してあった墓を露出させるのだ。ミルズ夫人の部屋をあらためたグレースは一枚の写真がマットレスの下にはさまっているのをみつける。それを手に取るとミルズ夫人、庭番、少女の三人の遺体だった。彼らはすでに死んでいたのだ▼ここまでアメナーバル監督は静と動をいれまぜ、起伏に富んだストーリーとキャメラでぐいぐいひきずっていく。光のささない屋敷の部屋。暗がりで息をひそめるように生きる母と子。置き忘れられた物置。登場人物は親子と雇用人三人。ふと現れて再び姿を消す夫。孤島という映画言語をフルに駆使して監督は観客のイメージを撹乱する。そこへ、ある朝娘の絶叫を聞いたグレースが屋敷にかけもどると、家中のカーテンがなくなりあふれる陽光にこどもたちはさらされているのだ。死んでしまう。しかしミルズ夫人は奇妙なことをいう「光に当たらなければ死ぬかどうかわからないじゃありませんか」さらに「わたしたちの共通の敵は侵入者です、彼らはもうこの家の中にいます」うわー。だ、だれがきているのだよー▼それまでのセリフがいちいち思い当たるのです、すべてが日の下に明らかになるとね。でもそれがわかってもなお、ニコル・キッドマンが小さな娘と息子の肩をだいて窓辺に立ち、今度こそ自分は子供たちを守り、この家で親子いっしょに暮らすのだとつぶやくラストは、母親の一念ともいうべき哀しさがあふれていましたよ。

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