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シネマ365日

2012年8月27日

その土曜日、7時58分 (2007年 犯罪映画)

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監督 シドニー・ルメット
出演 フィリップ・シーモア・ホフマン/イーサン・ホーク/アルバート・フィニー

ちいさな青空 

 金に困った兄弟二人が、両親が経営する宝石店を襲うと計画をたてる。兄はドラッグに溺れ会社の金を使い込み、近々監査が入るので補填に焦っている。弟は娘の養育費を催促されている。弟ハンク(イーサン・ホーク)は反対するが、兄アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)は、保険に入っているから実損はない、その日店にくるのは年取った女店員だから玩具の拳銃で脅せ、自分はあの付近で顔を知られているからお前一人でやれ、とまあ勝手な計画なのだが、兄に逆らえない気の弱い弟は承服する。ところが一人でやるのに自信のないハンクが、アンディに無断で、うさんくさい共犯者をつくったことから計画はぶちこわしになる▼シドニー・ルメット84歳のときの映画でこれが遺作になった。きびきびと時間軸がきりかわり、同じシーンが映し出されるが煩わしくない。「12人の怒れる男」から50年。ニューヨークの硬派な作品で映画界にデビューした監督が、ニューヨークという自分の庭を舞台に映画人生を締めくくった。人間のみにくさも、弱さも、そして強さも勇敢であることも、なさけないところも描いてきた、人生は複雑だ、短くもなければ単調でもない。わけのわからないばからしさが詰め込まれた生活に、安物の懐中時計のような無意味な時間が流れる。そこに価値があるかないかだれにもわからない。何年映画を撮っていても人間はわからないものだ▼シドニー・ルメットがそういったわけではないが「その土曜日」をみていると、映画を撮っている自分をセットの片隅でみているもうひとりの監督がいて、二重にも三重にもめぐる螺旋階段のような現実をみつめている、教訓を垂れようとか、ためになることを教えてやろうとか、そんな娑婆気はまったくない。乾いた冷たい視線が映画のすみずみにゆきわたる。犯罪が行われる朝の7時58分。人気のないモールの前に車が停まる。空気は乾燥していて、色彩がクリアで、街路樹の葉や建物の色がはっきりみわけられる。よく見える光のなかで人は、なぜか物悲しい気分になる。この映画は物悲しい風景で綴られた乾いた叙情詩だ▼銃声とともに店内から吹っ飛ばされてきた相棒の射殺体に、ハンクは泡をくって逃走する。殺されたのは女店員ではなく自分の母親。母親は気丈にも強盗の隙をみて発砲し、自分も被弾したのだ。転覆した計画は兄弟にとってのいびつな現実を一挙に噴出させる。アンディは子供のころから父に抑圧されてきた。弟ばかり可愛がる父には憎しみを、弟には嫉妬を。お前にはすまないことをしたと、父親に「今さらいわれても」逆切れする。弟は殺された相棒の妻の兄に脅迫されアンディに泣きつく。ダメ男ぶりが板につきすぎるイーサン・ホークは、行き場もなくホントにこの映画の途中で消えてしまうのである。もうこんなやつどうでもいいわ、とばかりの監督の扱いだ。昔ミケランジェロ・アントニオーニという超ワンマンの監督が「情事」でこれとそっくり、行方不明になった女を放り出して観客はなにがどうなったか、さっぱり手がかりもつかめない映画を撮ったことがあるが、シドニー・ポラックも「なにをいわれようともはや怖いものはない」心境になったのでしょうか▼「不動産の経理は明瞭だ。パーツの集計がトータルになる。おれの人生はそうではなくパーツがバラバラだ」そうアンディは実りのなかった自分の人生を表現する。マンハッタンの一流企業の役員で給料の不足もないはずなのに、妻とのセックスがうまくいかずドラッグに走り、それを買う金のため横領する男。物悲しい風景のひとつだろう。と思えば気がいいばかりに妻に強いことがいえず、胸くそ悪い思いをしながらひきさがるハンクは、腹いせにアンディの妻と不倫する。アンディもたまったものではない。こんな暗いほう、狭いほうばかりにゴキブリでも逃げ込まない。物悲しさが佃煮になったような悲哀の風景だ。父親は強盗犯罪を仕組んだ犯人がアンディだとわかると「すまなかった」と詫びていた舌の根もかわかないうちに、妻を殺された憎しみで心を奪われる。もともとあの男は気にいらなかった、息子じゃないかもしれない…母親こそいいツラの皮でしょう。過激派の父は病院に運び込まれたアンディを躊躇なく窒息死させる。もはや物悲しさも悲哀もつきぬけた「くそったれ。人生ってこんなものだ。いいかげんにしやがれ」といいたげな、人間へのあわれのまなざしで映画は終わります。救いのないエンドですが、そういえばどこかへトンズラしたハンク。ルメット監督は彼をゴキブリみたいに扱っています。冷酷にも狡猾にもなれず、みじめさにしがみついている彼だけを「行方不明」にして、ともかくも生かします。どこか共感があるのでしょうか。ハンクだけが小さな排気口からみえる青空のようです。

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