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シネマ365日

2012年8月30日

ショーガール (1995年 劇画映画)

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監督 ポール・バーホーヴェン
出演 エリザベス・バークレー/ジーナ・ガーション/ロバート・デヴィ

女寅次郎ベガス版 

 アメリカのきついショービジネスの内幕。ベガスの女王の座を狙って階段の後ろから蹴落とすやつがいる世界。すごくいい映画だと思うのに悪評ふんぷんなのが悲しい。なにしろラズベリー最低作品賞、主演のエリザベス・バークレーは最悪主演女優賞に最悪新人俳優賞と総なめにした。バークレーはそのショックでしばらく行方をくらましたほどだ。いまは復帰しているけどね。監督がポール・バーホーヴェンでしょ。チンマリおさまるはずないじゃないの。それにしても品がないの、ゲスっぽいだの、エログロだのセックスシーンが行き過ぎだの、さんざんいわれたけど監督は決してとろい映画にしていないではないですか。退屈な映画よりよっぽどましだわ。いいってことよ。そんなにめちゃくちゃ言うのなら、どこが気にいらないのかハッキリさせろ。ともかくみていこうっと▼ノエミ(エリザベス・バークレー)はニューヨークからラズベガスに、ダンサーを夢見て流れてきたどことなく影のあるショーガール。全財産の入ったトランクを盗まれ怒りにまかせて車を蹴っていたら「やめてよ。それ、わたしの車よ」叫んで走ってきたのがモリー。彼女はベガスで最高のショー「女神」の衣装デザインをてがけていた。モリーの好意でノエミは彼女のトレーラーに転がり込み仲良く暮らす。ノエミはいつか「女神」にのぼりつめる夢を描きながら、ベガスの場末の小屋で舞台責任者のアル(ロバート・デヴィ)に怒鳴られつつ、ストリップまがいのショーに出演していた▼「女神」を踊るのはベガスのトップダンサー、クリスタル(ジーナ・ガーション)だ。彼女はナオミの野望にかつての自分を見た思いがする。空席のダンサーのオーディションがあることをナオミに知らせたのはクリスタルだった。オーディションの選考とはこんな具合だ「このオッパイをみろ。こいつはスイカか。ステージは畑じゃない。帰れ」「鼻を整形した? 鼻はよくなったが耳が不格好に突き出ている。帰れ」「ガキツラはいらん。帰れ」「授業でなにを勉強した? ジャズ、アイススケート、バレエ、ストレッチ? ショーは授業じゃない。帰れ」▼ナオミは選抜されるが「女神」のステージに上がるためのレッスンは熾烈を極めた。練習だけではない。日常生活の厳しい管理がある「太らないよう玄米と野菜を食べて」「日焼けの跡をつけてはダメ」「衣装とメイクは自分の責任よ。持ち帰り禁止」「なにがあっても泣き顔でステージに立たないで」クリスタルもまたトップの座を維持するために過酷な練習を自分に課していた。ある日彼女はナオミにいう「この世界では階段の後ろから、自分を狙っている若い女がいることを忘れちゃだめよ」▼レッスンシーンがいいですよ。実際にベガスの現役の振付師が担当した。ジーナ・ガーションもエリザベス・バークレーも「女神」のトップダンサーといえるに足る体と踊りを身につけるまでには、半端なレッスンではなかったにちがいない。ストリップ小屋から脱出したナオミに、元雇い主のアルと同僚のオッパイブルブル芸のヘレンが面会にくる。オレたちここに来るガラじゃないのだけど、と格下の店の引け目をにじませながら、「がんばれよ」と激励して去る二人の温かさがとてもいい▼クリスタルとナオミはトップの座をめぐり激突。ショータイムの交代のわずかな時間、着替えのためにステージから楽屋へ、階段を走り下りるダンサーの群れにまぎれ、ナオミはクリスタルを突き落とす。腰を複雑骨折したクリスタルに代わり、ナオミはついにベガスのシンボル「女神」を手中にした▼バーホーヴェン監督は色気をだしてもうひとやま盛り上げた。モリーを強姦した有名歌手の人気に媚びて、だれも警察に突き出さないことに怒ったナオミは、逆にプロデューサーから過去を暴かれ脅される。母が父を殺しナオミは高校を中退、売笑婦として生活費を稼ぎながらステージに立ち、ベガスに流れてきたことを、言われたくなかったら黙っていろと。ナオミは腹をくくる▼歌手の部屋を訪れたナオミは歌手にナイフをつきつけ、顔面のあとをとどめないほど蹴りをいれる。三度のメシよりバーホーヴェンが好きな暴力シーンである。これでもかとやっつけたあと、ナオミは病院にモリーを、つぎにクリスタルをたずね別れを告げる。砂漠が広がるベガスの町はずれでナオミが車を止めている。ベガス最高の「女神」を捨ててつぎの町に流れていくのだ。女寅次郎ふうエンドの甘さは少女漫画的であり、主演女優は大根だと指摘されてしかるべきだろう。しかるべきであるが、終始一貫、骨の芯まで貫いている映画の愉しさを否定する必要はない。

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