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特集「ディーバ(大女優)」

2012年9月9日

特集 ディーバ(大女優) オードリー・ヘプバーン 
暗くなるまで待って(1966年 サスペンス映画)

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監督 テレンス・ヤング

出演 アラン・アーキン/オードリー・ヘプバーン

オードリー熱演 

オードリー・ヘプバーンのファンとは、演技がアアだとかコウだとか、うまいとか下手とかなんかどうでもよい、とにかくオードリーが出演しているだけでそれを見に行くのだという人が多かった。「ローマの休日」以来オードリー映画の「追っかけ」をしている人はほとんどがそうであろう。オードリーが大した演技力もないのに人気だけで保っているという評価もあったが、少なくともオードリー・ファンにとってはどだい筋違いもいいところだった。彼女がいい女優だから人気があって当然なのであって、演技力やヘチマを彼らは求めていなかった…でもホントにそうだったかな。ファンとは正直なもので下手な評論家の小理屈より真実を直感しているものだ▼オードリーの演技がなっていなかったとはだれも言わない。自分のイメージに合う映画は精選したが(是非とも一度、オードリーを使いたかったヒッチコックもオファを出したが、ヒロインの相当な強姦シーンがあってオードリーは断っている)選んだ役は一球入魂だった。オードリーは自分でも言っているが、専門的に演技を勉強したことがないというコンプレックスがあって、ひたすら「自分を打ち込む、わたしのようなものにはそれしかできない」とどこかで言っていた。特に謙虚だったわけではなく実感だったのだろう。ヒッチコックを断ったもうひとつの理由は「尼僧物語」が入ったからで、これこそオードリーのチョイスだった。「暗くなるまで待って」でオードリーはアカデミー主演女優賞にノミネートされた。4回目だった。「マイ・フェア・レディ」で彼女がノミネートから外れたときは「皮肉なことにヘプバーンは候補にさえなっていない」と書いた大手日刊紙の夕刊の映画評を今でも覚えている。オードリーが候補になったときはなにも書かなかったくせに。どことなく「オードリー包囲網」には嫉妬と意地の悪さがこもっていたように思う▼本作はブロードウェイで大ヒットした舞台劇だ。オードリーは事故で視力を失ってから1年、学校に通って点字読解を勉強する人妻を演じる。麻薬を隠した人形がふとしたことからオードリーの夫に預けられ、それと知らない彼は家に持って帰る。麻薬売買人たちが人形を取り返そうとオードリーの家にやってくる。目が見えないオードリーは夫の友人だとか、刑事だとか名乗る犯罪者を相手に、礼儀を尽くして対応する。オードリーが人形のことを知らないので、業を煮やした悪漢たちがだんだん化けの皮をはがしていく。オードリーは、目は見えないが独特のカンで、入れ替わり立ち替わり役割を変えてゆさぶりをかけてくる男たちが、いっしょの犯罪グループだと見破り、同じ建物の少女に夫に連絡してくれと頼む。電話線は切られ、相手は屈強で残酷な男が三人。オードリーが家中の明かりを壊し、暗闇で彼らを待ち受ける▼三人の悪漢のなかでも極悪人の役がアラン・アーキンで、ガソリンは撒くわ、オードリーの首はひっぱるわ、目が見えないと思ってさんざんいたぶるわ、最後はオードリーにグサッとやられそれでもへこたれず、ナイフを床に突き立てながら体を引きずってオードリーを追う殺人鬼である。悪漢の一人であるがどこか人のよいリチャード・クレンナは、あっさりアーキンに殺されてしまう。テレンス・ヤング監督は「007」の名作「ロシアより愛をこめて」があるが、第一作「ドクター・ノオ」もこの人の監督だ。山場の作り方はさすがで本作では、中盤以降、オードリーがいよいよ本性を現した悪漢三人と対決するところから盛り上がってくる。この映画が公開されたとき、上映中臨場感を強めるため映画館はいつもより故意に暗くされた。だからスクリーンが真っ暗になると、館内もほとんど闇になった。腹を刺されたアラン・アーキンが暗がりの中から不意にオードリーにナイフ逆手に飛びつくところなんかジェイソン(「13日の金曜日」)も顔負けの悲鳴ものだったな▼そんな、こんなでけっこうオードリーは熱演でしたよ。でもやっぱり「オードリー映画だなー」という限界はあるのですね。殺人鬼と暗闇で死闘をとげたにもかかわらず、冷蔵庫の片隅からやっと出てきたオードリーは髪の毛一筋乱れていないのですよ。おい、おかしいだろ。なんていっちゃいけないのがこの映画なのだな。

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