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シネマ365日

2012年9月12日

特集 シャブロル「静謐な狂気」 いとこ同志 (1959年 恋愛映画)

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監督 スティーブン・ソダーバーグ
出演 本文に含む

青春の卒論

 シャブロルの初体験は13歳だったというから、日本でいえば中学生のませたガキだったのだ。結婚したのが21歳になるやならず。かなり早いと思うが、それについて「どうしても結婚したかったのは異常な女癖の悪さ」のせいで、童貞を棄ててからセックスにふけり、大学時代は放蕩三昧にあけくれ、病気になってしまったほどだったと述懐している。しかしシャブロルの読書好きは業界でも有名だった。彼自身子供のころアガサ・クリスティに夢中になり「入信した」と告白している。シャブロルはクリスティが大好きだった、これは覚えておこう、と思ったものだ。クリスティ好きという彼の本音からみると、彼の映画に込められた悪意・冷笑・ブルジョワへの残虐なまでの仕打ち。それらはどこか彼の「仮面の告白」だという気がした。のちに彼はインタビューにこう答えている「外の世界に一歩踏み出そうとしながら、自分の中の古めかしいカトリック=ブルジョワ的なしがらみを引きずっていた」古いしがらみの破壊にシャブロルは悪意と冷笑の意匠で臨んだのだ▼「いとこ同志」の二人の従兄弟は対照的な性格だ。シャルル(ジェラール・ブラン)は田舎から出てきて大学で学部母親思いの真面目な青年。ポール(ジャン・クロード・ブリアリ)は処世に長け、子を宿したというガールフレンドに金を与え始末させるようなプレイ・ボーイだ。勉強熱心なシャルルをいつも皮肉り、シャルルが夢中になった恋人フロランス(ジュリエット・メヌエル)を取ってしまう。卒業試験は要領のいい一夜漬けで合格。一心不乱に勉強してきたシャルルは不合格。悲観したシャルルは学生証をセーヌ川に破り捨て、なにをやってもうまくいくポールを許せない気持ちになる。部屋にある銃で眠っているポールを撃とうとするが思いとどまる。翌朝目が覚めたポールは、イスに放り出してある銃で、冗談にシャルルを撃つが、それには実弾が込められていた…虚しく横たわるシャルルの死体のそばで茫然自失のポールを残して映画はエンド▼シャブロルは作中人物に自己投影する場合が多い。自分で生産する力を持たず親の金で勉強する学生が、自らをエリートだとみなし世間を睥睨する。高慢さとはすべからく、自信のない人間が根拠なく自信をつけたがる手段だと看破し(もちろんシャブロル自身もそのなかに含めている)、その典型をポールに設定した。いっぽう読書と勉強好きのシャルルもシャブロルの分身だろう。もうひとりシャブロルの分身をあげれば、学生たちがたむろする売春宿の隣にある本屋の店主(ギイ・ドコンブル)だろう。シャルルが立ち読みに入ると何が好きかと聞く。バルザックと答えると喜び「隣の連中は推理小説とポルノしか読まない。本から人生を学べるのに、ドストエフスキーを読めといったら悩みたくない、だと。バルザックを進呈しよう。君の目には読書の光がある。おかしな世の中だが強く生きてくれ」と励ます。女を取られ卒業試験に落ちたことをシャルルが打ち明けると「くだらん。若い連中の悩みは恋愛しかないのか。勉強すれば忘れる。おれも同じときがあったがうまく切り抜けた。今では自分で稼いだ金で何でもできる。成功すれば女だって戻る。見返してやれ」非常に現実的なアドバイスをするのだが、傷心のシャルルはどっぷり傷口に浸かってはいあがれない▼学生たちがポールの部屋に集まり乱痴気パーティーを開く時、ポールのかけるレコードがモーツアルトの交響曲40番ト短調だ。20代で一度ははまるモーツアルトであることは小林秀雄の「モーツアルト」を待つまでもない。彼が道頓堀を歩いていたとき、いきなりこの「ト短調」が聞こえ、どことやらのレコード店に走りこんだがそこにはもう響いていなかった、などという思わせぶりな回想と「疾走する悲しみ」は、「僕と同じあわれな青年」の、ほとんど青春の代名詞になっていたものだ。それにかぶれた自分を嗤いたくこんなことを書いていると思うと、ブルジョワ云々のさきのシャブロルの、しがらみを捨てたくなった気持ちも、わからんではないな▼シャルルもくどくど、くどくど自己分析ばかりしている青年で、二言目には愛する母親を気遣う話。これじゃ女はよりつかんわ。要するに「いとこ同志」とはシャブロルの「青春総集編」か「卒論」にあたるものだろう。中島みゆきなら「そんな時代もあったわと…」ですか。

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