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映画監督特集

2012年9月15日

特集 シャブロル「静謐な狂気」 不貞の女 (1968年 心理サスペンス映画)

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監督 コーエン兄弟
出演 ジョージ・クルーニー/ジョン・マルコヴィッチ/フランシス・マクドーマンド/ティルダ・スウィントン/ブラッド・ピット

激しい愛

 シャブロルの作品から逆照射すると「不貞の女」のヒロイン、エレーヌ(ステファヌ・オードラン)は、後年「石の微笑」のヒロインにスライドしただろうか。枠組みからいうとどっちも「女によって滅びる男、男を滅ぼしてしまった女」を描いたものなのだけれど。でもちょっとちがうような気がする。男も女もあるものか、人間とは愚かでこんなに始末が悪いものだ、とくに青春などはグロテスクなほどみじめな時代だと、コテンパンにやっつけていたシャブロルが、「いとこ同志」の撮影のときステファヌ・オードランをジャン・クロード・ブリアリに紹介され、妻と離婚しオードランと結婚した。それから結婚生活はざっと18年。離婚に至るが二人とも仕事のうえのパートナーとしての関係は続いた▼私生活にふれる必要はあまりないだろうが、ただシャブロル自身が「オードランを美しくみせるためにだけ撮った映画」と明言している作品がある。この時期シャブロルはラブラブだったと思うと「石の微笑」の突き放したヒロインとは、また違う取り上げ方だったと思えてしまうのだ。手短に言うとオードランがたいへんきれいに撮られていて、不貞このうえない女にシャブロルが肩入れしているのがはっきりわかるのだ。そのぶん夫であるシャルル(ミシェル・ブーケ)は、これ以上平凡な男性はいないという扱いを受けている。世の三角関係があまりにも定形に押し込まれ、まっとうに映画にされていないと思ったシャブロルは、この世でもっともありきたりな題材から独創的な映画を撮ろうとした、これがそもそもの「不貞の女」の試みだった▼で、その結果どうなったか。これを一言でいうのは難しい。ヒロインがなぜ不倫に走っているか、相手の男ヴィクトール(モーリス・ロネ)のどこに魅力を感じているかなど、ドラマになる部分は全部省略されているのだ。そもそも妻の不倫に夫が気づくところからして、あまりに平々坦々としたシーンなので、本当に夫は事実に感づいたのかどうかあやふやでさえ思える。でもそのあとの確固不動とした夫の行動をみると、妻に愛人がいることについてシャルルは確信犯だったことがわかる▼妻が行くといったエステに電話して、ホントに妻が行っていたかどうか確かめるとか、シャルルは妻の裏切りがうそであってくれ、自分のばかな疑いであってくれと願いながら、でも確かめずにはおれない。彼は会社の社長である。妻がときどき会社に顔をみせる。なに不自由ない暮らしに恵まれた妻の振る舞いは鷹揚だ。男が気をそそられずにはおれない、高慢かつ優雅な女の雰囲気がオードランによく出ている。夫は大胆にも相手の男とあうと決心する。何につけてもハリウッド式誇張と大袈裟を忌み、リアルに傾くのはフローベル以来受け継がれたフランス写実主義の伝統か。モーリス・ロネにしてもミシェル・ブーケにしても、これといった特別なセリフは語らず、ただもう口ごもりや視線のとまどいや、一呼吸おいた受け答えでお互いの警戒を示しつつ相対する。腹の中では(えらいことになったぞ。亭主のやつ何を企んでやってきたのだろう)(こんな男のどこがいいのだろう、作家だっていうが全然才能なさそうじゃないか)とか、けなしあっているのだ▼いきなり破調が来る。妻へプレゼントした装飾用の大きなライターをヴィクトールが使っているのだ。してみると妻は自分の贈り物を平気で男にやったのだ、まるで余計だったみたいに。そこにあるベッド、浴室、キッチン、グラス、すべてが情事の体臭を発散した。発作的にシャルルはヴィクトールを殴り殺す。発作としかいいようがない。彼のなごやかでなだらかだった50数年の人生で、初めて訪れた破綻だった。死体を包み車にのせたシャルルは沼に車ごと沈める。ヒッチコックの「サイコ」へのオマージュかと思えるシーンだ。愛人の連絡が不意に途絶えエレーヌは不安にかられるがどうしようもない。内心の動揺をかくしている妻を、夫はなにげなく気遣うふうを装いながら、日常はすぎゆく▼ある日警察がシャルルの家を訪ねてきた。ヴィクトールの手帳にエレーヌの電話番号があったという理由で、何度か訪ねてくる。なにも知らないエレーヌはそのつど正直に対応しているが、次第にこれはただならぬことだと胸騒ぎがしてくる。まさかシャルルに相談することはできない。妻の内心のざわめき、それをみる夫の取り澄ました残酷さ。やがてその均衡も崩れる。刑事の来訪の目的が妻でなく、自分にあることを知ったシャルルは車と死体の発見を直感する。庭の遠く離れた場所で自分を待つ刑事らのところへいく前に、シャルルは妻に告げる「これは激しい愛だ」エレーヌは夫がなにをいおうとしたのかを一瞬で理解する。殺人まで犯す激しい愛で自分を愛した夫だった。去りゆく夫の背を並んで見送る妻と子の姿がシャルルの視界から遠ざかっていく。夫と妻の心の距離は、夫が連れ去られる距離に反比例して近づいていくのだと、シャブロルは自作を解説している。

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