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映画監督特集

2012年9月16日

特集 シャブロル「静謐な狂気」 肉屋 (1969年 サスペンス映画)

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監督 チャールズ・ロートン
出演 ロバート・ミッチャム/シェリー・ウィンターズ/リリアン・ギッシュ

殺人鬼の愛

 「肉屋」という愛想もコソもないタイトルだが、シャブロルの映画はこの手のものが多い。邦題の傑作「主婦マリーがしたこと」は本来「女性たち」という素気ないものだった。「愛の地獄」という映画も「地獄」だけでは取り付く島もないので「愛の」を加えたのだろう。ときどきわからなくなるのは、このように素っ気ないシャブロルが、とんでもない大げさなことを言い出すことだ。「肉屋」をこう解説している。「単純で変哲もなく見えながら、そこに人類史が集約されているような物語をつくるアイデアが浮かんだ。わたしはクロマニヨン人の原理から出発した。つまりそれは人類の祖先の進化、文明へのあこがれといったものだ」▼いったいなにごとかと驚く。簡単にいえばロケ地にペリゴール地方のトレモラ村を発見し、そこからあまり離れていないところの洞窟にクロマニヨン人の壁画や鍾乳洞があり、シャブロルは感激してタイトルバックに無数の乳房が垂れ下がったような、気色の悪い鍾乳洞の内部を導入している。で、これが映画にどう影響するかというと、子供たちの遠足の行き先が鍾乳洞だというシーンがチョコッと出てくるのだ。人類史の集約か、それが。ほんに変わり者ね▼この映画もステファヌ・オードランがきれいです。「わかった、わかった。キミの気持ちはよくわかった」と言いたくなるくらい、シャブロルはやたら彼女をクローズアップしています。オードランはいい女優ですものね。後年「バベットの晩餐会」で主人公バベットを演じたときは55歳。ほとんどセリフのない平坦な役柄を、表情と所作だけでみごとにメリハリつけて演じましたよ。「肉屋」のときは36歳。女優としてのキャリアも充分、加えてシャブロルというパートナーを得てトロみたいな脂が乗っていたとき。勢いのある主演と監督を得て「肉屋」は、連続殺人事件という索漠としたテーマのなかに、切ない愛情のこもったいい映画になりました。どんなにドライな、辟易するほどデカダンスな内容でも、どこかに叙情のあるのがシャブロルです。彼は極度にセンチメンタリズムを抑制し、その隠れ蓑としてブルジョワをメッタ打ちしたにちがいありません。ブルジョワ中産階級とはシャブロルの出身階級であり、だれにでもありますが、自己否定や自己破壊は青春の通過儀式でした。シャブロルの場合、死ぬまでその青春の尻尾をひきずっていました▼「肉屋」は結婚式の宴から始まります。小学校の校長先生エレーヌ(ステファヌ・オードラン)の隣の席がポポール(ジャン・ピエール・カッセル)だった。彼はこの村で生まれ育った肉屋の息子。戦争に行って毎日死体を見て、ショックを受けて帰ってきた。今は家業を継ぎ平穏に肉屋を営む。新郎はエレーヌの学校の国語の先生。小さな村に小学校は一校。先生は校長先生を含め二人。つまりエレーヌと国語の先生だけで教室は一つ。エレーヌは職住一致で学校の二階が住まいだ。エレーヌとポポールはすっかり気があい、ときどきポポールは羊の肉などを届けにきて、授業の手伝いをして帰ったりする▼平和そのものだった村に連続殺人という凶悪犯罪が立てつづけに起こった。エレーヌが遠足でこどもたちと、洞窟のある小高い丘にのぼったときのこと。「先生、雨だよ」「青空よ、なに言っているの」「でも」女の子の持つバターを塗ったタルティーヌの上にポタポタッと落ちてきたのは血だった。エレーヌが見上げた丘の岩から血だらけの腕がのぞいている。駆け上がってみると惨殺死体が横たわり、そばにポポールの誕生日にあげたライターが落ちていた。愕然とするエレーヌはポポールと会うのをやめる。心配してやってきたポポールは、話しながらエレーヌのタバコに火をつける。あのライターだ。自分の誤解だとわかったエレーヌは笑いこけながら嬉し泣きする▼それで終わらなかった。ポポールは戦争で神経に変調をきたし、人を殺さなければ息もできなくなる状態に陥る殺人狂になっていた。エレーヌをみたとたん恋におちた彼は、その恋が実るはずはないとわかっているがおさえられない。エレーヌはあることから犯人がポポールだと知り、必ず自分を殺しにくると確信する。深夜現れたポポールは「先生が忘れられなかった。毎晩学校の窓を見上げていた。先生と二人で、無人島で暮らしたいと思った」切ない訴えを聞いたエレーヌはすっぱり、ここで命を落としてもよいと諦める。エレーヌには男に裏切られた過去があった。自分をボロクズのように棄てた男もいたが、こんな言葉がきけて本望だ。そんな気さえする。鋭く長い肉きり包丁をかまえたポポールに目を閉じた。ポポールが刺したのは自分自身だった▼エレーヌが彼を車にのせ病院に急行した。手術室に入るまえにポポールは頼む。「先生・キスしてくれ」。エレーヌは願いをかなえてやる。やがて執刀医がポポーロの術中死を告げる。「先生、あとはこちらで処理しておきます。お帰りください」うなずいたエレーヌは外に出る。夜明けの青い静寂がエレーヌを迎える。こういうところがシャブロルの好きなシーンです。

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