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映画監督特集

2012年9月20日

特集 シャブロル「静謐な狂気」 
愛の地獄(1994年 サイコ・サスペンス映画)

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監督 クロード・シャブロル

出演 エマニュエル・ベアール/フランソワ・クリュゼ

嫉妬による地獄めぐり 

エマニュエル・ベアールのシャブロルデビューといいましょうか、地獄にはまった気の毒な若妻をよく頑張って熱演しましたよ。この女優さん、名前は覚えていなくてもきっと「ああ、あのときの」と思い当たる映画が1本や2本あるはずです。「ミッション・インポッシブル」第一作もそう、それからカトリーヌ・ドヌーブを向こうに回して「フン」と鼻であしらった「8人の女たち」。それから「美しき諍い女」。「美しき」は映画の出来もさることながら、これ238分という長尺です、それをほとんどオール・ヌードで出ずっぱりに出たのがだれあろう、エマニュエル・ベアールこの人。演技がどうとかヘチマとか言う前に、努力賞ものってモンじゃないでしょうかしらね▼本人は「愛の地獄」のとき31歳。正確な美人の範疇には入らないかもしれませんが、ちょっとてっぺんが反った珍しい鼻の形や、軽くめくれた唇。薄い唇はともすれば酷薄な印象を与えますが、閉じているのにうっすら開いている感じがそれを救っています。よく金髪と思われますがほんとうはブルネットです。印象的なのは大きな目で、大きいだけではただのドングリ目ですが、切れ上がりすぎもしない、タレさがりすぎもしない、しこうして不気味な猫目でもなく、いわんや猛禽類の目でもなく、またたきしないヘビの目でもない、という大きな目が特徴です(どんな目やネン)▼ここはこじんまりした地方のリゾートホテル。シャブロルお気に入りのロケーションから映画はスタートします。ホテルのオーナー、ポール(フランソワ・クリュゼ)は美しい妻ネリー(エマニュエル・ベアール)と結婚し、男の子にも恵まれホテルは繁盛、毎日仕事に追われポールは大忙しだ。ポール役のフランソワ・クリュゼであるが、フランス人に多い中肉中背の体格、ひげの剃り跡は青々と、眉はきっかりと濃く、鼻は筋が通ってしかもがっしりとすわりがいい。声はビロードのよう。落ち着いて抑揚があり、その声を聞いた人にこよなき信頼感を与える。このホテルに毎年のリピート客が絶えないのも故なしとしない。足取りも軽くテーブルをまわり、声をかけるあいさつも上滑りな調子は微塵もない。ときどき視線がチラチラと愛妻のほうへ向かうのは、そこでネリーが顔なじみの客と話しているからだ。神経質で几帳面なポールと好一対というか、ネリーは気さくでおおらか。ポールはいつも親しげに妻に話しかける近所の青年マルティノがとくに気にいらない。それとなく妻に不満を告げると「あなた、嫉妬しているのね、うれしいわ」と飛び上がって喜ぶしまつ▼絵に描いたような幸福な情景に、じわじわとシャブロルは影を落としていく。仕事が忙しすぎるのか疲れがたまったのか、ポールはときどき眠れなくなる。妻の安らかな寝息をききながら、あらぬ疑いが鎌首をもたげる。それが妄想だとポールはわかっており、少し休みをとろうと自分にいいきかす。それなのに目の前でマルティノの水上スキーにひっぱられてはしゃぐ妻をみるとむくむくと黒い猜疑心が心を占領する。8ミリが趣味のグループがホテルに集まり、試写会を開いた。妻の水上スキーのシーンがスクリーンにでると、ポールは逆上しロビーにいる泊まり客たちに八つ当たりする。怒ってホテルを変えようとする客たちをなだめているネリーをみて、今度はネリーが客と関係しているとポールは疑う▼やさしくいたわるネリーをはねのけ、暴力をふるう夫を、それでもネリーは我慢強く支える。しかし客室のシーツを替えに入ったネリーが客と寝ているとまでいいだすので、とうとう精神科医に相談する。するとポールは先回りして、妻が病的な嘘つきで色情狂だと医師に訴える。異常な精神状態にネリーの危機を察した医師は、ポールを落ち着かせるため「君のいうとおりネリーを治療しよう、だから翌朝ネリーを連れて病院にくるよう」指示するが、たちまち医師と妻が通じているとポールはかんぐる。くたくたになったネリーはもうポールがなにを言おうと相手になれない。とにかく眠らせてくれと懇願する。ポールは奇妙なほどやさしく、ぐっすり眠れるからと睡眠薬を妻に与える。極度の疲労に思考力を奪われたネリーは疑う力も失せ、そのまま飲み下す。翌朝病院に行こうと起こすポールの声に妻は答えず、深い眠りにおちたままだ…▼ここで「果てしなく」というエンドマークがでる。終わりがあれば地獄ではない、終わりなく続くのが地獄なのだというシャブロルの見解だ。この映画は嫉妬による心のなかの地獄めぐりである。精神のバランスの崩れていく怖い男を、フランソワ・クリュゼが平凡な市民の顔を装ってみごとに演じたとシャブロルは絶賛した。

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