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特集「ディーバ(大女優)」

2012年10月4日

特集 ディーバ(大女優) エリザベス・テイラー 
去年の夏 突然に(1959年 サスペンス映画)

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監督 ジョセフ・L・マンキーウィッツ

出演 エリザベス・テイラー/モンゴメリ・クリフト

強き良きエリザベス

エリザベスの女優人生でもっとも爛熟の時期は20代後半から30代前半の10年だろう。「ジャイアンツ」(24歳)「愛情の花咲く樹」(25歳)「熱いトタン屋根の猫」(26歳)「去年の夏突然に」(27歳)「バターフィールド8」(28歳)「クレオパトラ」(31歳)「バージニア・ウルフなんかこわくない」(34歳)。一年一作。いまみてもめまいがしそうな作品群だ。一年一作といえばオードリー・ヘプバーンがそのペースだった。しかしエリザベスのペースが、実際はそれほどでもないのに、オードリーのそれよりもっとやつぎばやの印象があるのは、エリザベスが結婚・離婚・病気のニュースにことかかず、映画ファンは常に彼女の情報を刷り込まれていたからかもしれない▼エリザベスの出演作と共演者に同性愛の男性が多い。モンゴメリ・クリフト(共演作「陽の当たる場所」「愛情の花咲く樹」「去年の夏突然に」)、ロック・ハドソン(「ジャイアンツ」)、ジェームス・ディーン(同)、ローレンス・ハーヴェイ(「バターフィールド8」)マーロン・ブランド(「禁じられた情事の森」)。今でこそ堂々とスクリーンで表現できるが、1950年代はまだまだ検閲が厳しかった。「熱いトタン屋根の猫」ではエリザベスの胸がみえすぎるというチェックが入ったくらいだ。だから「去年の夏突然に」も、男同士の行為にズバリ介入できなかった。表現はどこまでも遠まわしになった。差別がまかり通っていた時代に、エリザベスがひとつも回避せず「猫」にせよ「去年の夏」にせよ、ヒロインを引き受けたということにどことなく感動する。演技もライフスタイルも対照的な同世代、かつどちらも100万ドル女優だからという理由でよく引き合いにだすが、たとえばオードリー・ヘプバーンが「去年の夏」のヒロイン・キャサリンを演じたか。絶対にやらなかったと思う。どだい「狂った女」という設定そのものが自分のイメージでないことを本人がいちばんよく知っていただろう▼当10年間のエリザベスの仕事は、人触れれば人を斬り馬触れれば馬を斬る鋭さを放っていた。結婚だろうと離婚だろうと、このあふれるものを止めるなら止めてみよ、とでもいいたい、粒ぞろいの作品群だ。だいたい常軌を逸したところにエリザベスという女優の本質はあったのだとあらためて思う。モンゴメリ・クリフトとは兄妹のような愛情が、モンティが死ぬまで一生続いた。いくら結婚してほしいと頼んでも、モンティが受け入れてくれないのだから仕方ない。同じベッドにいるふたりをメイドは目撃しているが、子猫がじゃれあうようだったと表現している。エリザベスと最も長くいっしょに暮らしたリチャード・バートンさえ「リズが好きなのはぼくだが愛しているのは君だ」なんてモンティに告げた。もともとエリザベスには、心にひっそりしたなにかを抱く人物の、あるがままを愛する母なる大地のような母性があったにちがいない。子供たちの幼年期・思春期を通じて、母親が結婚離婚に忙しかったにもかかわらず、実子養子含めてみなすくすくと成長したのは、母親が欠如感を与えず豊かな愛情で包んでいたからだろう。このおおらかさと持ち味を引き継いだのはソフィア・ローレンだろう。常軌を逸した怪物ぶりではもうひとりの大物ベティ・デイビスとの関係にふれよう。エリザベスはデイビスを尊敬していた。稀有な事例というべきだ。「ジャイアンツ」で当時の若い女優がいやがる老け役を演じたのは、老醜の役に挑んで女優の活路を開いたデイビスを知っていたからだ(デイビスに比べたらしわ一本ない、学芸会みたいな老け役だったが)。後年舞台で「子狐」を上演するとき、デイビスが映画で演じたヒロインをエリザベスがやることになった。舞台は好評でロサンジェルス・フィルメックス協会はフィルメックス賞の授賞を決めた。授賞式に協会はプレゼンターにデイビスを招いた。舞台にあがったデイビスはあの大きな目で客席をみわたしおもむろに言った「この子狐がもう一匹の子狐にフィルメックス賞をわたしてもいいかしら」舞台の袖でそれをきいたエリザベスは感激し「あれほどの賛辞を頂いたのは生まれて初めてです」素直な謝辞を述べた▼本作の粗筋はかいつまんでいうとこうだ。今は廃止されたロボトミー手術の権威クックロウィッツ博士(M・クリフト)は町の富豪未亡人ゼネブル夫人(キャサリン・ヘプバーン)に姪のキャサリン(E・テイラー)の手術を依頼される。去年の夏息子のセバスチャンとキャサリンは旅行に行き、セバスチャンは心臓麻痺で死んだ、以後キャサリンは発狂し暴力をふるい口汚い発言がたえないというのだ。博士はまずキャサリンを診察することにするが、どうみても狂っているとは思えない。夫人は執拗に手術を強要する。旅先でなにがあったのか。母と息子の異様な密着愛が暴かれる。息子が気にいった男性をチョイスできるよう母親が男たちの目をひき、集まってきた男たちから息子がお気に入りをベッドに連れ込むのがこれまでの手筈だった。母親は年をとり、男たちは振り向かなくなった。そこで息子は母親をすて、若いキャサリンを後釜にすえ旅行に連れていった。美貌かつグラマラスなキャサリンに男たちは群がったがキャサリンではなく、尊大なセバスチャンをなぶりものにしようと白い丘の廃墟に追いつめていった…事実を知った夫人は発狂する。事故の大怪我のあと繰り返された顔面の手術の跡が痛み、鎮痛剤とアルコールに頼っていたモンゴメリ・クリフトは撮影に遅刻ばかりした。会社がモンティを降板させると決めたときエリザベスが言った「わたしを殺してからにして!」こんな強き、良き友とまったく縁を結べなかったモンティの悲劇を思わずにはおれない。

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