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特集「ディーバ(大女優)」

2012年10月5日

特集 ディーバ(大女優) エリザベス・テイラー 
クレオパトラ(1963年 歴史劇映画)

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監督 ジョセフ・L・マンキーウィッツ

出演 エリザベス・テイラー/レックス・ハリスン

豪華絢爛の夢

主演のエリザベス・テイラーの100万ドルという破格のギャラ、度重なる彼女の病気、ロケ地選択の失敗にともなうセットの作り直し、監督をはじめとする主要スタッフ・キャストの変更、シーンの撮り直し、エリザベスとリチャード・バートンの不倫スキャンダルと、うち続くトラブルの果てにやっと仕上がった映画は7時間余。プロデューサーのザナックは半分に縮めろと命じ、それでも4時間11分、映画史上最長の上映時間となった。エリザベス・テイラーはギャラこそ100万ドルだが撮影の遅延、病気療養で支払われた保険、撮影の権利金の一部で700万ドル(現価換算で約4700万ドル)を「クレオパトラ」で稼ぎだした。しかるに完成後初めての試写会でエリザベスは上映が始まって20分後、トイレに走り嘔吐したそうだ。あとで「撮影に2年以上もかけて出来上がったのがあんなつまらない映画だった」と言った。そこまで言うか。だれのために苦労したと思っているのだ▼「クレオパトラ」は1950年代後半から1960年代における、いわゆるハリウッド、黄金時代の申し子である。スタジオが人気スターを擁し、テレビに対抗するため大型史劇やスペクタクルに大金を注ぎ込んだ。20世紀フォックスは「クレオパトラ」の撮影延長による膨れ上がる経費に恐れをなし、病気のエリザベスを降板させようとしたが、社長がただひとり「ノー、リズ。ノー、クレオパトラ」(リズ以外にクレオパトラはない)ガンとして首を縦にふらなかった。彼は名社長であったのかなかったのか、歴史が判断するだろう▼撮影中マンキーウィッツ監督はいちはやく「あれはただならぬ仲だ」と察知したというのがバートンとエリザベスのラブラブだった。「世紀の恋」と当時の日本の新聞までかき立てた。飛行機事故死したマイケル・トッドのつぎがエディ・フィッシャーで、彼はエリザベスの親友の夫だった、つまり略奪婚だったから「女の敵・家庭の破壊者」とエリザベスは呼ばれた。そのエディをポイしてバートンと5度目の結婚だから火に油を注ぐようなものだった。世紀の奸婦。男を食い物にする貪欲の権化。歩く結婚活火山。女優とは単なる職業だがここまで社会的存在となるのが大女優というものかもしれない▼バートンはエリザベスと10年、他のだれよりも結婚生活が続いた。彼は確かにエリザベスを宝石攻めにできる財力と、つぎつぎ仕事をこなす俳優としての力量を持っていた。エリザベスに対してはいつも批判的で辛辣だった。ファッションのセンスが悪い、胸が大きすぎる、可愛げがない、背が低い、背中に大きなキズがある、そんなことをズケズケ言った。自分の容姿に圧倒される男ばかり見てきたエリザベスはバートンが新鮮に映ったのだろう。エリザベスは人の性格を見抜くのがうまく、キツネのように狡猾だった。美貌で陽気で頭の良いエリザベスがその気になれば、どんなときでも、だれでも、自分を注目させることができた。この二人は野獣が噛み合うような喧嘩ばかりしたが、そのくせ離れがたく、やっと離婚したとおもえばまた同じ相手と再婚したのだ▼「クレオパトラ」はスキャンダラスなだけの映画だけでは終わっていない。公開年北米収益で4800万ドルのヒットになった。観客は動員したのだ。しかし制作費4400万ドルの半分にもならず、社運を賭けた大作は大コケだった。20世紀フォックスが倒産の危機を奇跡的に乗り切ったのは「サウンド・オブ・ミュージック」のヒットによる。「クレオパトラ」はCGのない時代のすべてセットの実写である。クレオパトラがカエサル(レックス・ハリスン)の招きでエジプトからローマにくるときの大パレードが前半のクライマックスだ。スフインクスを模した小高い丘にも負けぬ、特大級の山車の頂点に座したクレオパトラとその息子が、何十万のローマ市民(実際のエキストラ)の歓呼の中を進む。きらびやかな王衣に身を包み、ニコリともせず睥睨する傲岸のかたまり。クレオパトラ候補に最後まで残ったのはオードリー・ヘプバーンとエリザベスだった。最終エリザベスが大勝した。当然であろう。あの異様なまでのきらびやかさにおしつぶされなかったのは、今でならエリザベスだったからだとわかる。掛け値なしのスターが存在したのが「クレオパトラ」が代表するハリウッド黄金時代だった。スターは雲の上の男や女だった時代だ。アンソニー(リチャード・バートン)やカエサルのセリフも格調高い。撮影・美術・衣装デザイン・視覚効果の4部門で本作はオスカーを得た。いくたびもの中断にかかわらず、完成にこぎつけたスタッフの技術と努力こそ報われただろう。初代ローマ皇帝アウグストスの若き日の描き方も興味深い。彼が血も涙もない若者に描かれていたのも、武人アントニーと、ローマ帝国という国体を樹立した政治家の違いを際立たせた。世界史のうえでは偉大なアウグストスの業績がひとつもドラマにならず、アントニーとクレオパトラの直情径行としかいえない道行が、繰り返し作品化されるところに小説の、詩の、歌の、映画の一面の秘密があるのだろう。本作はハリウッドの全盛とその時代に存在した大女優を証明し、映画人たちが総力をあげて紡いだ壮大な夢を、いまも絢爛と映しだしている。

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