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特集「ディーバ(大女優)」

2012年10月7日

特集 ディーバ(大女優) エリザベス・テイラー 
夕なぎ(1968年 恋愛映画)

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監督 ジョセフ・ロージー

出演 エリザベス・テイラー/リチャード・バートン

舞い降りた「死の天使」 

エリザベスが悪夢のように太り、一時82キロまでいったときの写真がある。ジョークのタネにされほとんどは悪意に満ちていた。本人は傷つきながらもなかなか本気でダイエットする覚悟ができなかった。肥満のきざしが見え始めたのは「秘密の儀式」あたりからだが、エリザベスの飲酒と睡眠薬の常習はもっと昔からだ。35年というもの睡眠薬を少なくとも2錠飲まないと眠れず、完全な不眠症で大きな手術を19回も受けた体は度々苦痛に襲われた。どこにいくにも鎮痛剤と睡眠薬を持ち歩いた。エリザベスは1983年、アルコールと薬物依存症の治療のため入院するが、そのときリストアップされた薬物の種類は軍隊でもひとつまるごとラリってしまえるといわれた量だった。しかしこれほどの薬物がその量ほどにはエリザベスを破壊しなかったのは、彼女がよく食べたからだ。でもそれは両刃の刃だった。ストレスとそれをまぎらすためのアルコール、薬、そして飽食の連続。ある日、自分の恐ろしい姿を鏡にみてエリザベスは減量に取り組んだ。地獄の試練だった。健啖家で食べることが大好きなエリザベスの食べる量は生半可ではなかった。リチャードと離婚し、ジョン・ウォナーと結婚したエリザベスは、夫の選挙運動に邁進しみごと上院議員となったジョンの妻として、夫の地元バージニアで、国会開催のワシントンで、涙ぐましく献身したと傍目にも思える。仕事人間のジョンが議員として働けば働くほどエリザベスにはすることがなくなり、朝おそく起きて朝食、ゆっくり食べ終わるころには昼食の献立に期待し、昼食が終わると夕食を楽しみにした。その一方で虚無感にさいなまれ、食べることだけが現実の幸せを与えてくれた…そんなことを自著「エリザベス・テイラーの挑戦 私が太った理由、痩せた方法」に書いている▼「夕なぎ」はバートンとの共演で監督はジョセフ・ロージーだった。ロージーはもともとエリザベスにはファッションセンスが欠けていると思っていた。エリザベスの美しいスミレ色の瞳、シミひとつない肌は文句ないが問題は服装だ、背が低くて太っていることを隠そうとせず逆に目立たせるものばかり着ていると苦言を呈した。バートンさえことあるごとにエリザベスのセンスの悪さを本人に言っているが感覚というのはそう変わるものではないし、あまり効果はなかったように思う。センスが悪い、センスが悪いといいながら、そんなことくらいで無視できないのがエリザベスという女優だった。ロージーは「夕なぎ」のあと「秘密の儀式」をエリザベスと撮るし、バートンはあのダイヤモンド、世界中の女性を「アッ」と言わせた30万5000ドルのダイヤをニューヨークのギャラリーで競り落とし、エリザベスに贈るのである。早い話、どんな服を着ようと、似あっていようと何だろうと、そんなことどうでもよくなるのがエリザベスだった。こういう女性って案外いるのですよ▼「夕なぎ」は奇妙な映画なのだ。テネシー・ウィリアムズの全然よく知られていない「牛乳列車はもう止まらない」なんて作品が原作だ。なんの病気か観客には知らされないが、死に瀕した大富豪の未亡人(エリザベス・テイラー)が所有する島の豪邸に、「死の天使」と呼ばれる詩人クルト(リチャード・バートン)がやってくる。彼が訪問する女性たちはみな死んでしまうからそう呼ばれるようになったらしいが、くわしい経緯はさっぱりわからない。豪邸は紺碧の地中海の崖の上の絶景あにある。詩人は厚遇され、女主人の説明によればサムライが着るものだという妙な半纏みたいなものに着替え、女主人の話し相手になる▼女主人は日がな一日、自叙伝を口述筆記させている。この秘書がジョアンナ・シムカスだ。「冒険者たち」の鮮烈なデビューが24歳。「夕なぎ」の前年だったとは信じがたいほど平凡な顔立ちになっちゃって、いくらよくみても「レティシア」の面影がない。なんのためにロージーはジョアンナを使ったのか不明。不明といえば詩人の素性がかなりややこしいのだ。詩集をだしたのは10年前の1冊きり。それもある人の援助で、というから早く言えば自称詩人だろう。彼の話をよくきけば、彼の仕事は自殺幇助なのである。女主人はクルトに興味をもってさかんに誘惑するが彼は近寄らない。とうとう頭にきて発作をおこして本当に死んでしまう。やっぱり詩人は「死の天使」なのだということで落ち着くのだが、しかしなあ、髪が薄くなり、腹もボテッとして、ずんぐりしたリチャード・バートンを「天使」と呼ぶには、かなり無理があるのではないのか。彼はときどきセリフの合間に「ボンッ」という擬似音を発する。原題の「Boom」ですけど、この意味は詩人にいわせると「人生の瞬間、瞬間のあいだに発するなんとか」って言っていたけど忘れたわ。こういう意味ありげでそのじつ何がいいたいのかよくわからないシーンの連続のうちに、ヒロインの死によって映画は終わります。ただひとつよくわかるのは断崖に建つ豪邸の広々とした間取り、白を基調にしたインテリアのセンス、漆喰の壁をくりぬいた明かり取りの窓からは遥か地中海の白い波が見える。それがどうした? どうもしません、ボン!

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