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映画監督特集

2012年10月11日

特集 「ミヒャエル・ハネケの幻影城」 
セブンス・コンチネント(1989年 シリアスな映画)

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監督 ミヒャエル・ハネケ

出演 ビルギット・ドル/ディータ・ベルナー

ハネケの「対位法」 

唐突、断絶、遮断、意味不明、これらはハネケ映画につきもののキーワードだけど、監督デビュー作の「セブンス・コンチネント」にはもうひとつ「ミステリアス」を付け加えたくなる。「第七の大陸」なんて地球上にはない。どこをさして「セブンス」と言っているの。そんな焦燥感にかられる「?」を抱かせることは、この人が監督になったときからの習癖だったのね。以後ズーッとハネケさんの映画「?」次のハネケさんの映画「??」またまたつぎのハネケさんの映画「???」と果てしない問題提議なのだ。なんでこんなの特集にしたのだろ▼「セブンス・コンチネント」を含める3作をハネケは「感情の氷河期」と名付けている。ひとつも熱のない彼の映画の性質がよく現れています。氷河というのがいい。これをもし「感情の冷凍」とか「感情のレトルト」とかに置き換えると、一挙に日常レベルに引き下げられて「謎」がなくなってしまう。ハネケってこれでけっこうジャーナリスティックな感性、鋭いのだと思う。人間の感情というのは絶えず移り動くもので、真実の一面を理解しようとしたら氷河のように凍結しないと全体が吟味できない、そんな考えがハネケにはあって、だから彼の映画は外科医がメスをいれる前に冷凍保存した肉体をじっとみつめる、そんな凝視が感じられます▼答えを先にいうと、主人公たちが移住したい「第七の大陸」ってたぶん死の世界のことだろうな。一家心中しちゃうのだからね。ウィーンに暮らす中産階級の家庭で夫(ディータ・ベルナー)と妻(ビルギット・ドル)は一人娘と平穏に暮らしている。夫は昇任・昇給が予定され、妻は店(ブティックだったか)をもち、それを手伝う弟はウツだが、夫がよく協力してくれて快方に向かっている。そんな手紙を妻は義父と義母に送る。不足はない暮らしだ。娘が小学校で「急に目がみえなくなった」と言って先生を驚かせるが、ウソだとわかり妻は担任から注意の電話を受ける。夕食の席で感情があふれて弟が泣き出すこともある。交通事故の現場で妻は死体を見て、洗車場に車をいれたあと発作的に泣く。劇中そんな不安要素は映し出されるが、決定的な負の要素は一家のどこにもない▼でも3年かけて彼らは周到に心中の準備を進める。驚くべき精神力だ。ふつう毎日がうまいこといき、経済的になんの心配もなく、人間関係も順調に推移し、健康に成長している娘(この子がまた可愛い)をみると、たとえなにかの理由で一時は「自殺しよう」と決めていたとしても「やめた。生きているっていいものだ」と思い直すじゃない。おいおいわかってくるけど、ハネケの映画で「家族」は重要なステージが与えられる。3部作のつぎの「ベニーズ・ビデオ」でも一人息子と両親が主人公、3作目の「71フラグメンツ」になると家族の断片の集合体、さらに後年の「ファニー・ゲーム」に至るとついに家族はド派手に空中分解します。なにが気にいらなくて「家族」をこうまで痛めつけるのか。それは「家族」という少単位がだれにでもわかりやすい幻影のステージであり、これをハネケ流に凍結させると、コミュニケーションの不在とか断絶とか、喪失とかを描きやすいキャンバスになるのだろうと思えます▼劇中、夫が両親にあてた手紙に「今までの人生を考えるとこの最期がベストとしか思えない」とありました。つまり幸福で満ち足りた人生を送ってきたからもうこれ以上は望まないということなのか、幸せの頂上で一家そろって死にます、ということなのか。なににせよ彼らは自分たちの人生が完結したと感じたのだ。夫も妻も人間いずれは死ぬのだというところであっさり線を引いて、そこから先の日常を断ってしまうのね。ちょっと気が早すぎるンじゃないって思うけどなー。どんなに先がわかりきっていても、現在の幸福はいずれ色褪せるとするにしても、だからってこうあっさり死ぬことないでしょ。こんな家族になりたいやつなんかだれもいない▼そうなのだ。ハネケの製作を貫く手法というのは、極めつけのリアル、この映画でいえば自殺にいたる周到な準備、お札を裁断してトイレに流すとか、衣服を全部破ってしまうとか、レコードも家具もすべて破壊するとか、それらの行動を逐一みせておいて「どう思う、こんなことしたいか? したくないよな。冗談じゃないだろ」というところにあるのだ。本当にさし示したい人生のあるべき姿はその逆なのだという「対位法」なのだ。彼はいつもその対位にあるものに感づかせるために、具体的な破壊や欠損感のイメージの断片をていねいに映画に示す。なにしろウィーン大学(ドイツ語圏最古最大の大学)の哲学専攻だからね、彼の大脳って抽象する作業が好きなのでしょうね。なんでハネケの映画を見だしたのかというと、映画はしちめんどうくさいのに、ハネケの笑顔がとても無邪気に思えたからだと思う。いくら整った顔でも笑うと塩が溶けるみたいにボケボケになって、つまらなくなる顔があるのだけど全然そうじゃない。つまらない動機だったかもしれないけど、あの明るい笑顔がいつか彼の映画に、スンナリ現れたらいいのにと思っている。

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