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映画監督特集

2012年10月12日

特集 「ミヒャエル・ハネケの幻影城」 
ベニーズ・ビデオ(1992年 シリアスな映画)

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監督 ミヒャエル・ハネケ

出演 アルノ・フリッシュ/アンゲラ・ヴィンクラー

現実感の喪失

もはや驚くには当たらないけれど、ハネケのすべての映画に出てくる性悪の連中はどうしようもないな。この映画では平気で両親を裏切って警察に密告し、連行される父と母にぬけぬけと「ごめんなさい」なんて言うむかつくガキだね。ハネケの映画ってなんでこうつぎからつぎ、腹のたつやつが登場するのだろう。露悪趣味もいいかげんにしろ。でもその毒をなくすと牙を抜かれたトラ、いやキツネかな。息子のしでかした殺人をもみけそうと、両親は苦労してエジプトにまで逃避行するのに(もみけすという発想もひどいけどね。要はどっちもどっちなのだけど)▼ベニー(アルノ・フリッシュ)というのが息子の名前。父(ウルリッヒ・ミューエ)と母(アンゲラ・ヴィンクラー)の3人暮らし。ベニーの部屋にはビデオがぎっしり。お気に入りは田舎の別荘で撮影したブタの屠殺現場のビデオ。これをベニーは繰り返し見ている。こういうところからしてこの少年の感覚は普通じゃないでしょう。それにハネケもハネケで、ブタが撲殺される場面をわざわざ撮らずともいいでしょうが。大キライだわ、たとえ映画でも動物を殺すやつ▼さて、ベニーがいつものビデオ屋でよく見かける少女がいて、声をかけ部屋に連れてきた。かみあわない会話を交わし、ピザをチンして牛乳を出し、モソモソと咀嚼しビデオを見せる。ブタが殺されるのをみて少女は嫌悪を現し(当然よね)「自分で撮ったの? つまり、なんていうか…ブタが。あなた死体をみたことある?」「いいや。君は?」「ないから聞いているのよ」「たかがブタだよ。アクション映画の血はケチャップだって」こんなことをしゃべりながらベニーは屠殺銃をみせびらかし、撃つの、撃てないのと少女と言い交わしながら、本当に少女を撃つ。どこまで偶然だったのか殺意があったのか、とにかくベニーはショックでのたうちまわる少女に「助けてあげる、頼むから黙って」とあわてふためきながら、ガンガンと銃を連射して息の根を止めるのだ。それからゆっくりピザをかじり、ヨーグルトを舐めるのはトム・リプレー(「太陽がいっぱい」)のオマージュか▼それから2日間のことが描かれる。友達と会って宿題のノートを借りる、友達の家に泊まる、床屋にいって頭を丸坊主にする(つまり自己罰だということ)、帰ってきたベニーの頭をみて両親は愕然。気味の悪い生き物をみるように無言で夕食をとり終える。父親はベニーに言う「どういうつもりだ。強制収容所みたいな頭で現れて。先生はどう思う。見ているほうもウンザリだ。疎外感だの無理解だのと甘えるな。まともな人間はお前も含めて、みな社会の一員として決まりのなかで生きているのだ」…でも相手がまともでないから馬耳東風だ。母親はビデオの映像に気がつき声をなくす。少女を殺しているのは息子ではないか。悪夢だ。なぜこんなことをしたと聞く父に「どんなものかなと思って」この白々しい現実感が「バニーズ・ビデオ」という映画の核です▼つまりどんな悼みであろうと、自分のこととして受け取れない現実の喪失感だ。バニーの現実はビデオのなかにしかない。逆にいえばビデオというメディアを通して人を知り現実を知る。もしくは知ったつもりになっている。ベニーだけじゃない。メディアによってもたらされるニセの現実感と所有感は人間のとめどない欲望だ。たとえば旅先や結婚式場でシャッターをきり、録画する旅行者や式の参加者はどうだろう。カメラを通して写真を所有するだけで現実を所有したように安心するのは、決してベニーだけではないだろう。でもベニーのようにメディアを通してみたものだけが現実と信じこみはしていない。写真やビデオや映画や、映像に対して幻想をだくことはかまわないが、人間に対して幻想をだくことは危険で、許されないことだとどこかで理解している。ところが幻想依存にのめりこんだ少年が、いかに精神の冷感症になってしまったか、これこの通りだと示すように、ハネケはベニーに少女を殺害させただけでなく、ブタの生命を「たかがブタ」といわせただけでなく、自分のために(世間体もあったにせよ)殺人を隠蔽しようとした両親に罪を着せ、警察に突き出す行為を映し「ごめんなさい」の一言ですませる。これはのち「ファニー・ゲーム∪SA」で「チャオ」の一言でナオミ・ワッツを湖に突き落とした殺人者と同じだ。ゲームやメディアの仮想になれたアタマで生身の人間に幻想を抱くな。その警告も「ベニーズ・ビデオ」にはあるだろう。あるだろうけれど、あんまり弱点をつきつけられると気持ちのいいものでないのは確かですね。つまりハネケって監督は、普通ならみたくないものをことさら見させてくれるのだ。いまさら言っても仕方ないけど。

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